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11月11日問題

皆さん、11月11日が何の日かご存知ですか?

……そうですね、第一次世界大戦停戦の日ですね。

この日にちなんで、イギリス、カナダでは「戦没者追悼記念日」、アメリカは「退役軍人の日」、フランス、ベルギーでは「休戦記念日」、ポーランドは「独立記念日」となっています。

もちろん他にもあります。……そうですね、アンゴラの独立記念日ですね。1975年のこの日、アンゴラはポルトガルから独立を宣言したのです。

他にも西ヨーロッパでは「聖マルティヌスの日」、ニューヨークでは「カート・ヴォネガットの日」など、11月11日には様々な記念日が制定されているのです。


これまでは海外の11月11日を見て来ましたが、もちろん、日本にもこの日、様々な記念日があります。

まず「宝石の日」。
1909年のこの日、農商務省令第54号により宝石の重量の表示にカラットが採用されたことを記念して制定されたそうです。なるほど、宝石の歴史がよくわかる由来ですね。

次に「西陣織の日」です。
応仁の乱終結後、全国各地に散らばっていた織手達が西軍の本陣のあったあたり(西陣)に住みついたことが西陣織の由来であることから、応仁の乱が終結した1477年(文明9年)11月11日を記念日としたそうです。なるほど西陣織の歴史がよくわかりますし、日本史の勉強にもなりますね。

さらに「チーズの日」です。
日本史上、チーズの製造が確認される最古の記録が、700年10月に、文武天皇が全国に「酥(そ)」(現在のチーズに近い発酵食品)の製造を命じたというものであることに由来。ほう。10月を現在の暦に置き換えると11月。ほうほう。さらに覚えやすい11日とした。……ん?

今ちょっと「ん?」って思いましたね。なんか、最後だけ適当でしたね。別に「11日」は必然性ないよね?それだったらもう11月全体で「チーズ月間」とかにした方がいいんじゃないのかな?って思いましたね。

さて、ここからが「11月11日問題」の本題です。
日本には、「11月11日」にちなんだ記念日が多すぎるのです。
いや、まあそれだけならいいんですが、皆あまりにも安直なのです。

えー、まあ、取り敢えずどんどん見て行きましょう。

「もやしの日」…もやしを4本並べると「1111」に見えることから。
「麺の日」…麺を並べると「1111」に見えることから。
「きりたんぽの日」…きりたんぽを並べると「1111」に見えることから。
「いただきますの日」…箸を並べると「1111」に見えることから。
「たくあんの日」…たくあんの大根を並べて干している様子が「1111」に見えることから。あと「あん→わん→1」がたくさんあることから。
……まだあります。
「美しい睫毛の日」…睫毛を並べると「1111」に見えることから。
「靴下の日」…靴下を並べると「1111」に見えることから。
「ライターの日」…ライターを並べると「1111」に見えることから。
「チンアナゴの日」…チンアナゴが並んで砂から顔を出している様子が「1111」に見えることから。
「煙突の日」…煙突が並ぶと「1111」に見えることから。
「コピーライターの日」…鉛筆が並ぶと「1111」に見えることから。
「麻雀の日」…点棒が並ぶと「1111」に見えることから。
「配線器具の日」…コンセントの穴が「1111」に見えることから。
「下駄の日」…下駄の足跡が「1111」に見えることから。

えー、この辺で勘弁してもらえますかね。

あの、まあ色々細かいことは置いといてですね、ちょっと、言わせてもらっていいですか?

並べすぎじゃない?

並べりゃいいってもんでもなくない?

いや、ていうかさ、もう皆11月11日ありきじゃない?

だって考えてみて下さいよ。
もやしを4本並べて「あっ、『1111』に見えるなぁ…」ってことないでしょ!?
麺を4本並べて「あっ『1111』に見えるなぁ…」って経験、ないですよね?!
たくあんに至っては、わざわざ英語使ってちなんでんですよ!?日本の食べ物なのに!だったらちなまなくてよくない?

あ、あとね、「豚まんの日」ってのもあるんですよ。豚の鼻が「11」に見えるから。…ってそれ「豚」要素はあるけど「まん」要素ないじゃん!まんどこ行ったんだよ、まん!マンスジが4つ並んだら「1111」に見えるってバカヤロウ!(最低)

これならまだ「介護の日(いい・いい日)」の方が誠実に見えてきます。

何故こういうことになってしまうのでしょうか?
これらの記念日に共通しているのは、肝心のプッシュしたいものよりも「11月11日」の方が優先されているということです。
まず「11月11日」という非常に覚えやすい日があって、それにプッシュしたいものを無理矢理こじつけて何とか記念日にしている、ということなんですね。とにかく覚えてほしくてたまらないんですね。
でもそれって本末転倒なんじゃないですか?と思うんです。

いやだって、「もやしの日」が「1111」にちなんでたからって、別にもやしに興味とか湧かないでしょう。
例えばですよ、日本のもやしの促成栽培技術を確立した林原公彦(仮)さんが生まれた日が11月11日で、その日が記念日だったとしたらですよ、「へー、そういう人がいたんだー。もやしにも色々歴史があるんだなー」ってなるじゃないですか。もしかしたらまかり間違ってドキュメンタリーになったりするかもしれないじゃないですか。
それが何ですか!「もやしを4本並べた」て。並べただけじゃねぇか!何の意味もないよ!しかも皆同じこと考えるもんだから被る被る!

しかもですよ、皆さん、これらの記念日が存在すること、知ってました?知らなかったですよね?僕もほとんどのヤツは今日ウィキペディア見て初めて知りました。

失敗してるんですよ!

ちなむの失敗しているんですよ!

あんだけ分かりやすい日に、無理矢理ちなんだのにほとんど誰も知らないんですよ!

もう皆囚われちゃっているんですよ。「11月11日」の呪いに。これなら覚えやすいやろ、っていう、安易な魅力に乗せられて、大切なものが見えなくなっちゃっているんですよ。
裏を返すと、自分達の推したいものに自信が無いんですね。だからせめて覚えてもらうだけでも…って思って無理矢理こじつけて失敗しちゃうんです。
だからもう、11月11日にちなむのやめよう?そんなものにちなまなくても、君達が推したいものは十分に魅力的だよ!もっと信じてあげようよ!そう思うんですね。無理してちなむんじゃないよ!

まあそんなわけでね、「11月11日問題」というのがこの世界にはあるんだよ、という話でした。
でもあれですよね、普通に生きてたら絶対に知らない記念日をたくさん知ることが出来てよかったですね。
ああ、あと念のため言っておきますが「1111」にちなまない記念日も山ほどあって(※「サッカーの日」…11人対11人でやるから。「鮭の日」…鮭の字の右側がを分解すると十一十一になるから、など、他にもたくさんあります)11月11日はマジで記念日地獄です。

あ、ちなみに僕はポッキーよりプリッツ派です。
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文フリで出す本の表紙が出来ました!

5月5日の文学フリマで出す本の表紙が出来ました!

avaron.png

はい、大体こんな感じです。

もしかしたらこれから若干の変更等あるかもしれませんが概ねこんな感じだと思っておいて下さい。値段は300円を予定しております。(他のサークルと見比べて変更する可能性はあります)

タイトルは『アヴァロンの王杯 ≪Ⅰ≫』

ストーリーはかいつまんで言うと突然異世界に飛ばされてサッカーをする話です。ファンタジーです。ファンタジーなのにえらい地味です。

自分でもあまり書いたことのないジャンルですが、ワールドカップイヤーということで(?)挑戦してみました。

サッカーファンの方も、そうでない方も楽しめるように(多分)書きましたので、当日会場に来られたら是非お手に取って頂きたく思います。

それでは、私は最後の校正作業がまだ終わってないので失礼致します。当日ちゃんと本を並べられているといいですね……

テーマ : 自作小説(ファンタジー)
ジャンル : 小説・文学

新春漫談『魔法少女まどか☆マギカ』


「あけましておめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「いきなりでなんなんですけどね、最近若者に何が流行っているのかなと思いまして」
「いきなりですね」
「ちょっとヤホーで調べてみたんですけどね」
「ヤフーですねyahoo」
「そしたらですね、すごいアニメーションを見付けてしまったんですよ!」
「ああ、そう。それは何ですか?」
「みなさん、『魔法少女まどか☆マギカ』って知ってますか?」
「……微妙なタイミングだね。映画で盛り上がっている時でもなく皆が忘れちゃった時でも無く……」
「この、まそうほうじょ……まじょうほう……ま、とにかくまどか☆マギカはですね」
「諦めるなよ! 『まほうしょうじょ』だよ!」
「略して『まどマギ』なんて言いまして、2011年にテレビアニメが放送されて以来、すごい人気作品なんですね」
「まあ確かに衰えませんね」
「で、私もね、見てみたんですよ。ツタヤでデイバイデイを借りて」
「DVDね! 沢田知可子の曲でしょデイバイデイは」
「そうしたら驚いたんですよ! タイトルからして子供向けのように思えるじゃないですか」
「そうだね」
「しかしですね、脚本を……くろぶち…眼鏡さんみたいな名前の人が担当してまして」
「うろぶちね! 虚淵玄! みたいなって何だよ! うろおぼえか!」
「この方がねー、とにかくハードな作品を書いてきたことで有名で、これが話題になったんですね」
「そうですねー。始まった頃からちょっと皆身構えてたとこありましたよね」
「だからですね、一見子供向けに見えますけど、しっかり大人の鑑賞に耐える作品になっているんですね」
「あー、というか子供が見るとショックでトラウマになっちゃうかもしれない」
「ストーリーはざんぎり言うとですね」
「ざっくり言ってもらえる? ざんぎりだと明治時代に流行った感じになっちゃうから」
「人間の心を狂わせる悪い美魔女がいてですね」
「『美』はいらねぇだろ。確かに狂わせるかもしれないけど」
「そのマゾを退治するために」
「『魔女』ね! マゾ退治しても喜ぶだけだからあいつら」
「女の子が、何でも願いを一つ叶えて貰えるという条件で魔法長女になってですね」
「なんで長女限定なのよ。末っ子もやるでしょ」
「まあその、戦いを繰り広げるんですけど実は……みたいな大どんでんでん返しがあるんですね!」
「そうだね。『でん』一個多かったけどね」
「でね、見て思ったんですけど、やっぱりキャラクターがみんな魅力的ですよね」
「人気が持続するのにはまずそこがあるでしょうね」
「作品には、五人の魔法乗除が出て来るんですけど」
「『少女』! なんで掛け算割り算してんだよ」
「ヒロインの要潤さんはですね」
「『鹿目まどか』ね! そんなアゴ長くないだろヒロインは」
「まあ主人公なので、この娘が魔法少女になるんだと思ってたんですよ。でもですね……」
「はい……」
「……なるんですよ、魔法少女に」
「こんだけタメてそれ!? 結論だけじゃない! ざっくりだよ!」
「あと主人公の親友の三木谷さんとかもいいキャラでね」
「『美樹さやか』だろ! 三木谷は楽天の社長じゃねぇか!」
「幼馴染の男の子が病気で腕が動かないんで、彼にもう一度バイオハザードをプレイさせてやりたいってことで」
「バイオリンだバイオリン! バイオハザードやりたいのは鈴木史朗だろ!」
「願い事と引き換えにあほう少女になるんですけどね、それが悲劇に繋がってしまうんですね」
「『まほう』ね。さやかちゃんスゲェアホみたいになっちゃってるから」
「いいパイオツをしている先輩もいましてね」
「いやらしいな言い方が」
「ただですね、この篠原ともえさんはですね」
「『巴マミ』さんです! 巴は名字です!」
「三話で、とんでもないことになってしまうんですよ。あ! エッチなことじゃないですよ!」
「言わんでいい余計なことは!」
「あと忘れちゃいけないのは、最初敵として登場する桜玉吉さんで」
「『佐倉杏子』ね! 個性派漫画化だから桜玉吉は」
「最初はホントにねぇいけすかない子だったんですけど、ストーリーが進むにつれて段々にくなくなっていくんですね」
「『め』が抜けてる! 『憎めなく』ね! 焼き肉パーティーじゃじゃないんだから」
「ただやっぱりですね、最重要人物はあの人ですよ!」
「というと」
「……四番(ばんばんばん…)、サード(サードドド…)、暁美(みみみ……)」
「一人でエコーかけんなよ」
「さあピッチャー振りかぶって……投げたー! 打ったー! 初球打ちだー! これは大きい! 入るか!? 入るか!? 入った! ホームランだ! ホームラン! 暁美、ホームラン!! ……というわけでですね、最重要人物こと暁美ホームランちゃんです」
「長い! 『暁美ほむら』だよそんで!」
「この娘がまた健気でね。最初はグールな子かと思っていたら」
「『クール』な子だろ! なんでゾンビみたいになっちゃってんだよ。……当たらずとも遠からずだけども」
「後半に明かされる真実がねぇ、もう本当に切ないんですよ」
「まあ確かにね。一番頑張ってる子ですからね」
「名前のわりにやったことは繋ぎのシングルヒットって感じでしたけどね」
「だから『ホームラン』から離れろ!」
「そしてですね、キャラクターももちろん魅力的なんですけど、ストーリーがすごく深いんですよ」
「そうですね。衝撃的でした」
「まあこれ言っちゃうとね、アッパレになっちゃうんで」
「あ、『ネタバレ』ね! わかりにくっ! 何で褒められるてる感じなんだよ」
「だからまあちょっと例え話で話させてもらおうと思うんですけどね」
「ああそうですか」
「あの、東海大学で野球をやっていたらですね、ある日スカウトがやってきてですね、(裏声)『ボクと契約して巨人の選手になってよ!』って言ってくるんですね」
「そこ別にキュウベエの物まねする必要ないですけどね」
「それで巨人と契約して選手になって、すごい活躍するんですけど、アキレス腱を断裂したりして」
「…………」
「それでもなんとか活躍するんですけど、もう無理だってことで引退したら、何とコーチを経て監督にされてしまうんですよ」
「…………」
「そしたら今度は女性問題をきっかけに怖い人達に脅されてスキャンダルに……」
「それ誰とは言わないけど巨人の監督! 完全に巨人の監督だったわ! あとその例えが適切かどうかわかんないし適切だとしたら巨人の監督って凄い悪の職業みたいになっちゃうけどいいの?」
「そんなこんなでこの『魔法控除まどか☆マギカ』なんですけど」
「『控除』されちゃった? そういうシステムないからね、魔法に」
「テレビシリーズを再編集した映画が前後篇で放映されまして、さらに新作、『バンギャルの物語』というのが最近公開されたんですね」
「『叛逆』だよ! ヴィジュアル系のファンみたいになってんじゃねぇか! そんで大分古いんだよその言い方」
「ま、そんなわけでね、皆さん、『つのだ☆ひろ』をよろしくお願い致します!」
「『☆』しかあってねぇじゃねぇか! もういいよ!」
「「ありがとうございました!」」

槇原敬之の替え歌で覚える千利休と茶の湯文化

『もう侘び茶なんてしない』   歌・豊臣秀吉



宗匠(※1)がいないとなんにも できないわけじゃないと
茶釜を火にかけたけど 抹茶のありかがわからない
ほら野点(※2)もできたもんね だけどあまりおいしくない
君が淹れたのなら 文句も思いきり言えたのに

一緒に入る茶室はきゅうくつに思えるけど(※3)
やっと自由を手に入れた
僕はもっと淋しくなった

「今此時ぞ天に抛」と言った君の(※4)
気持ちはわからないけど
いつもよりながめがいい
待庵(※5)に少し とまどってるよ
もし君に一つだけ 強がりを言えるのなら
もう茶の湯なんてしないなんて 言わないよ絶対

二本並んだ茶杓も一本捨ててしまおう
君の趣味で買った黒茶碗(※6)も もったいなけど捨ててしまおう
“関白らしくいさぎよく”と黄金の茶室(※7)を造らせる僕は
他の誰から見ても一番 ゴージャスだろう

こんなにいっぱいの 君のぬけがらを集めて
質素なものに囲まれて 暮らすのが“侘び寂び”(※8)と知った

君あての助命嘆願書が ポストに届いているうちは(※9)
かたすみで迷っていた
内乱を怖れて心配だったけど
二人で出せなかった 答えは
今度出会える君の知らない能吏と(※10)
見つけてみせるから

本当に本当に君が大好きだったから
以後悔い”(※11)なんて残さないなんて 言わないよ絶対



※1 宗匠(そうしょう)=文芸・技芸などの道に熟達しており、人に教える立場にある人。特に、和歌・連歌・俳諧・茶道・花道などの師匠。この場合は千利休のこと。

※2 野点(のだて)=屋外で茶を立てること

※3 千利休は茶室から華美な装飾や無駄な意匠を排除し、徹底的にシンプルにした。その結果、「にじり口」と呼ばれる小さな入口を設けた広さ僅か二畳の茶室が生まれたのである。

※4「今此時ぞ天に抛」=千利休の辞世の句。「いまこのときぞてんになげうつ」と読む。
   全文は「人生七十 力囲希咄 吾這寶剣 祖佛共殺 提ル我得具足の一ッ太刀 今此時ぞ天に抛」
   現代語訳「人生ここに七十年。えい、えい、えい!この宝剣で祖仏もわれも、ともに断ち切ろうぞ。私はみずから得具足の一本の太刀を引っさげて、いま、まさに我が身を天に抛つのだ!」

※5 待庵(たいあん)=京都府にある日本最古の茶室建造物。千利休が作ったとされ、にじり口が設けられた小間(こま)の茶室の原型かつ数奇屋建築の原型とされる。国宝

※6 それまで茶の湯で使われる茶碗は薄手で繊細でスタイリッシュ、色合いも派手目なものが主流だったが、千利休が好んだのは厚ぼったく形も歪な黒茶碗だった。利休の黒茶碗は従来の茶碗よりも熱伝導が低く、お茶を入れても熱くなりづらく、またぽってりとした飲み口も、唇の当たりがちょうど心地よい。茶を飲む人間の心地良さを追求した革新的な茶碗であった。

※7 黄金の茶室=豊臣秀吉が関白に就任した際に利休に造らせた黄金が施された茶室。平三畳で、壁・天井・柱・障子の腰をすべて金張にし、使用にあたっては黄金の台子・皆具が置かれたという。ちなみに組み立て式でどこへでも持ち運びができた。しかしこの茶室は利休の侘び茶の精神に反しており、秀吉との溝を深めたとも言われる。

※8 侘び寂び=「侘び」は簡素な様子、「寂び」は古びて静かな様子。千利休が目指した茶の湯の極意だが、豊臣秀吉の肌には合わなかった様子。。

※9 千利休の影響力は大名の間でも大きく、古田織部細川忠興らが助命を嘆願していた。

※10 石田三成

※11 1591(以後悔い)年千利休、豊臣秀吉に命じられて切腹。享年七十歳。死の原因は諸説あるが、宗匠として大名への影響力が大きくなりすぎた千利休を秀吉が危険視したことや、利休の侘び茶の思想を秀吉が嫌ったことなどが考えられる。切腹に際しては、弟子の大名たちが利休奪還を図る恐れがあることから、秀吉の命令を受けた上杉景勝の軍勢が屋敷を取り囲んだと伝えられる。


http://www.youtube.com/watch?v=DWgOfArgKwA

「49:51」

 「49:51」

 この数字は、ある一時代の終焉を端的に現しています。

 サッカーファン以外にはピンとこないかもしれません。これは、「ボールポゼッション」の割合を示したもので、先日行われたとあるサッカーの試合で記録されました。

 「ボールポゼッション」とは?
 日本語で言えば、「ボール支配率」のことです。一試合の間に、どちらのチームがどれだけ長い時間ボールを占有していたかの数値で、例えばこの場合だと、Aチームは49%、Bチームが51%、ボールを持っていたということになります。
 ボールポゼッションを見ると、「50:50」なら「五分の試合だったのかな」とか、「60:40」なら「パスサッカー主体のチームとカウンターサッカー主体のチームが戦ったのかな」とか、「70:30」なら「一方的な試合だったのかな」など、ある程度想像が付くようになっています。

 しかし、当然ながら、サッカーの試合というのはボールポゼッションが高い方が勝つわけではありません。
 どんなにボールを占有しても、結局のところゴールに入れなければ意味が無いからです。ボールポゼッションが高くても、守備の堅い相手にボールを持たされている可能性もあるわけで、ボールポゼッションと試合の趨勢は、実のところあんまり関係が無いのです。

 だからこのボールポゼッションという数字は、さして重要視されていませんでした。
 近年、あるチームが現れるまでは。

 
 そのチームというのは、スペインの「FCバルセロナ」です。
 サッカーファンでなくても名前くらいは知っているかもしれませんが、現代のサッカー界に於いては、まあ平たく言ってしまえば「最強」というチームです。
 このチームが最強である所以がまさに「ボールポゼッション」であり、このチームが「ボールポゼッション」という、本来大して重要じゃなかった概念に価値を持たせてしまったのです。

 どういうことかといいますと……

 2000年代半ばから、バルセロナはある戦術を基幹とする方針を強めます。
 その方針とは「ゴールを狙うよりパスを回そう」です。
 いや、最終的に欲しいのはゴールであり、勝利なのですが、それを得るために一旦目先のゴールは諦めてパスを回しましょう、急がば回れ、人生には遠回りだって必要ですよと、そういう方針を取ったのです。
 これは長らくバルセロナというチームの基本理念、伝統として受け継がれてきた方針だったのですが、2000年代の終わりにジョゼップ・グアルディオラというバルセロナОBの監督が就任してから、より顕著になっていきます。

 「我々のやり方で、ボールを70%程度支配できれば、試合の80%には勝つことができる」

 かつてのバルセロナのコーチ、カルレス・レシャック(日本のJリーグでも監督歴があります)という人の言葉ですが、グアルディオラの目指したサッカーは、これを忠実になぞろうとしたものと考えていいでしょう。

 要は簡単な話で、ボールを70%支配しているということは、対戦相手には30%しか攻撃のチャンスが与えられてないわけです。当然、ゴールのチャンスも減ります。もちろんバルセロナは70%の間攻撃する機会があるので、もし選手の得点能力が同じくらいなら、相対的にバルセロナの方がゴールを取る機会も増え、勝利する確率が上がる、というわけです。
 ただ、それでもその30%の少ないチャンスをモノにされて負ける、或いは勝てないことが、まあ20%くらいはある。ポゼッションは絶対じゃない。だから「80%には勝つことができる」と言っているのです。

 当然ながら、70%ボールを支配しているだけでは勝てません。
 レシャックが「我々のやり方で」と言ったのは、つまり、バルセロナの選手達が世界トップレベルのパス能力、戦術眼、そして得点能力を持っていることが前提となっているので、バルセロナ以外のチームがこの理念を実行しようとしても、あまり上手くはいかない。誰にも真似できるわけではないから、このやり方で世界最強になれたのです。

 で、グアルディオラのやり方ですが。
 彼はこの「70%ボール支配」を徹底的に追及します。
 2008年にグアルディオラが就任するまで、バルセロナにはロナウジーニョという世界的な選手がいましたが、グアルディオラは彼を構想外にします。怪我や年齢的な衰えはもちろんありましたが、何より、グアルディオラの目指すサッカーに彼は不要だったのです。
 他にも、デコやエトー、アンリといったスター選手を構想外とし、代わりにバルセロナの下部組織で育成された選手をスタメンに据えます。

 そこからのバルセロナは、そりゃあもう強かった。
 他のチームを全く寄せ付けない圧倒的なパスサッカーは世界中を席巻しました。
 ポンポンポンとテンポ良く回るパスに付いていけるチームはほとんどなく、欧州トップクラスの強豪チームも軒並みバルセロナの前に膝を屈しました。
 高いポゼッションで相手に攻撃の機会を与えず、ボールを追いかけまわさせ、疲れ果てた相手の守備組織にほつれが見えれば、バルセロナの誇るアタッカー陣が一瞬のうちにゴールを陥れる。そんなシーンが何度となく繰り返されました。
 ボールが相手に渡っても、バルセロナはすぐに取り返せます。これも高いポゼッションのなせる技で、自分たちはボールを追いかけ回さないので体力は温存されるし、70%は攻撃の時間なので、それだけ相手の陣地にいる時間が長いわけで、相手がボールを取ってもそこは自陣深く。バルセロナ的には取り返しやすい位置なのです。

 そんなこんなでグアルディオラ就任以後、バルセロナは国内リーグ三連覇。欧州のトップを決めるチャンピオンズリーグでも、連覇こそなりませんでしたが二回優勝しています。
 2012年にグアルディオラは監督を退きますが、彼の敷いた路線は継続されます。
 この間、ずーっと、バルセロナは相手チームをポゼッションで上回り続けます。

 このバルセロナの隆盛と時を同じくして「ポゼッション」という言葉が凄く価値を持つようになりました。
 「ポゼッションサッカー」や「ティキタカ(テンポ良くパスが回っている様子)」という言葉が流行って、「グアルディオラの戦術論」だとか、「バルセロナはどうして強いのか」だとかいうタイトルの書籍がバンバン出ました。
 サッカー実況ではポゼッションが話題に上ることが増え、攻めるにせよ守るにせよ、試合のポゼッションが問題になることが多くなりました。
 「ポゼッションか? カウンターか?」と戦術比較論が展開されれば、一部の過激派は「ポゼッションこそが正義!」と叫びました。
 何しろ時代の最強チームが高いポゼッションを誇るバルセロナですから、それが基準になっていくのは必然でした。
 

 多くのチームが「どうやったらバルセロナを倒せるのか?」と頭を悩ませ、ポゼッションサッカー対策を練り、実践し、多くは破れました。たまに番狂わせが起こるとしても、バルセロナとしてみれば「20%勝てない」のは織り込み済みというわけで、彼らは坦々とパスを回し続けました。

 そんなバルセロナ時代にも、しかし次第に陰りが見え始めます。
 グアルディオラが退任して以降も、バルセロナは世界最強の座に君臨していましたが、相手チームも次第に弱点を見付けてきます。監督交代による微妙な戦術思想の変化、選手自体の不調や衰え、移籍によるメンバー変更……様々な要因があるとは思いますが、段々と、「圧倒的」という程ではなくなっていきました。
 そして、昨季のチャンピオンズリーグではドイツの雄、バイエルン・ミュンヘンに惨敗してしまいます。
 このままではいけない、とバルセロナも思ったことでしょう。


 そして、ようやく話は冒頭の「49:51」に戻ります。
 このボールポゼッションの数字は、9月21日のリーグ戦、ラージョ・バジェカーノ戦で記録されたものでした。
 ここまで読んで頂ければ分かったと思いますが、「49」がバルセロナ、「51」がラージョ・バジェカーノのものです
 なんとこの試合で、バルセロナは相手チームよりポゼッションを下回ったのです! 実に317試合ぶりのことで、これには世界中が驚きました。

 ちなみにこの試合の結果は4-0でバルセロナの勝利。4-0で圧勝したのに、ポゼッションがたった1%相手を下回っただけで、世界中のサッカーファンを驚愕させたのです。これは異常なことです。

 普通に考えれば、バルセロナはパスを回すことよりゴールを取る方を優先した、という話で、サッカーチームとしてはごく当たり前のことをしただけです。
 でも、これまでのバルセロナが普通では無かったので、普通のことをしただけで皆がびっくりしてしまいました。
 テレビ版でただのいじめっ子だったジャイアンが映画だと男らしいので余計カッコよく見えてしまう現象に似てます。いや、違うかな。

 いずれにしても、これはバルセロナが自らのポリシーを捨てて目先の得点を優先した「事件」として受け入れられました。バルセロナの「ポゼッションサッカー」は終わりを迎えつつあるのだと。バルセロナは変わった。バルセロナはまだ強いけど、「ポゼッションサッカー」の時代はもう終わったのだな、と。

 ところがどっこい、バルセロナはその3日後の9月24日、レアル・ソシエダ戦で70%近いボールポゼッションを以って勝利してしまいます。ちなみにスコアは4-1。ラージョ戦と変わらぬ圧勝劇でした。

 これによって分かったのは、バルセロナにとって「ポゼッション」は「高かろうが低かろうがあまり関係ない」ものだという事実でした。パスが回せるなら回すし、点を取れそうなら取る。勝てばよい。ポゼッションの数字はただの結果でした。
 なんのことはない、バルセロナによって「ポゼッション」という概念が流行る以前の状態に、言葉の価値を振り戻したのです

 バルセロナは変わりつつあるでしょう。それは事実だと思います。しかし、それによって「ポゼッションサッカー」という一つのスタイルが終わったわけではありません。終わったのは「ボールポゼッション」という言葉の価値そのものです。
 わずか五年かそこらの間に、それまであまり意味を持っていなかった言葉に価値が付加され、そしてその言葉に価値を付加した張本人の手によって価値自体がはく奪された、という稀有な事態を、サッカーファンは経験したのです。

 というわけで長々書いてきましたが、言葉の価値は非常に移ろいやすいものである、まるでテレビ版と映画版のジャイアンの人物評のように……という話でした。おしまい。

テーマ : サッカー
ジャンル : スポーツ

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Author:熊谷雑文組合
熊谷雑文組合運営のブログです!皆で書いてたりします★
◆メンバー(このブログの執筆者達)
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朽葉…ネットランナー
善浪栄一…目が死んでる
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環俊次…2次元ジゴロ
加糖コージ…中学二年生
きのこ汁子…ドール愛好家
など。

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