スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

日本人が政治童貞である理由

 一週間ぶりのご無沙汰です。善浪です。
 
 以前日本人が政治的に未熟であることについて、「日本人童貞論」なんてものを論じましたが、今回は何故そんなことになってしまったのかについて述べていきたいと思います。

 まあ私は歴史についても政治についても専門的には勉強していない素人なので、一つの暴論として読んでいただきたいところですが。

 まず「日本人は政治的に未熟である」という前提については、現在の政治情勢の混迷っぷりと、それに対する国民の反応を省みて頂ければよろしいかと思います。

 まず一つの傾向として確実にあるのは、「外交戦」に弱いということ。「外交」というのは、何も外国との関係だけではない。日本人は、「利害、価値観の異なる他者との交流において自分の利益を誘導する」ということが苦手なように思います。具体的には、「自己と他者、両者にとって丁度よい落とし所を探すこと」が苦手なのではないか。

 その理由の最大のものとしては、日本が島国であることがあるでしょう。
 他国と境界を接していない。他国と衝突する経験自体に乏しいことは、海千山千の大陸諸国に比べるとかなりのハンデです。
 利害の異なる他国と常に境界を接し続けていなければならないということは、常にその隣国と「丁度よい」関係を構築していかなければならないということです。隣国を攻め滅ぼしたとしても、その隣にも国はあるわけですから、結局「丁度よい」ところに落ち着かせる努力は継続させなければならないことに変わりはないわけです。
 
 日本には、その経験が圧倒的に足りない。
 こと対外戦となると、日本はことごとく負けてます。唯一の勝ち戦は純粋に防衛線であった元寇くらいで、ちょっとでも自国の領域より出ると、勝てない。局地戦でならある程度勝てるのですが、そこから自分の利益につなげることができない。
 要するに、あがりが出せない。
 しかしそれだけなら、大したことはない。弱点があるならあるで、立ち回り方を考えればよい。実際、そうやって生き延びてきた国家は結構あります。問題は、日本人のほとんどが、その弱点を自覚しているように見えないことです。

 その理由は、私は「日清戦争」にあるのではないかと思っています。

 日清戦争は、近代日本が初めて経験した、大規模な対外戦役でした。欧州列強に追いつけ追い越せとばかりに国力を増していった当時の日本の、試金石になる戦争であったと思います。
 これまで圧倒的な存在感を持って大陸に存在していた「中華」という巨大国家との戦争。その過程にはさまざまな要因が絡まり合っており、ここでそれを纏めることは不可能なのですが、結論から言えば日本は「清との戦争には」勝ちます。

 ですが、その勝利によって得た物はあまり多くはありませんでした。欧州列強の圧力に屈した日本は、折角得た遼東半島を放棄せざるを得なくなってしまいます。
 これを、「戦争には勝ったが、外交に負けた」と考えるのは早計です。
 欧州の国々にとっては、これら一連の流れ全てが「戦争」だからです。
 
 複数の国々と国境を接している国々にとっては、局地的な戦争に勝つこと自体はそれほど重要なことではありません。重要なのは自国の利益になることを、その局地戦の勝利から引き出すことであって、戦闘の勝利はそれを有利に働かせるための一要因に過ぎない。
 極端な話、それで利益になるなら、戦闘に負けたって別にかまわないわけです。
 
 それは詰まる所、「ルール」です。
 日清戦争当時、世界で列強として名を馳せていた国々は、そういう「ルール」の元、強国として生き残ってきたわけです。
 日本も戦国時代ではそういうルールが一般的だったようです。しかしそれは異常事態に近く、払拭されるべきものとして忘れられていきました。

 当時の日本は、その「ルール」に徹底的なまでに馴染めなかった。ひょっとすると馴染むことが出来たかもしれないのですが、結局日本は馴染むことを拒否します。
 
 どういうことか。
 
 日清戦争の結果として「外交的に」敗北した日本政府は、国民の厳しい批判にさらされます。
 それ程潤沢でない国力を絞り出し、多くの人間の血を流して得たはずの勝利が、あがりとならなかったのだから当然ですが、ここで日本は、というか、日本人は、大きな思想的なパラダイムシフトをほとんど知らず知らずのうちに起こします。

 それは、「我々に落ち度はなかった、我が国の被った不利益は狡猾な欧州列強国の手によるものである」という壮大な「物語」を創り出した、ということです。
 これは童貞がなぜモテないのか考えた際に「俺がモテないのは俺のせいじゃなく、女の方に見る目がないのだ」と結論付けるのと似ています。
 
 それは一面においては正しい。確かにそれは事実であるからです。しかし一面においては大きな誤りです。
 列強国に並ぼうとしたということは、列強国と同じルールを採用したということです。
 にも関わらず、日本は「そのルールは悪である」という物語も採用します。
 列強国のルールに乗っかりながら、そのルールを否定する。
 この強烈な乖離をスタンダードにしてしまったことこそが、後に太平洋戦争を戦わざるを得なくなり、現在においても諸々の外国との問題を解決できないことの、大きな理由の一つであるように思う。

 日清戦争の敗北に際し、「あ、俺達、こういうの向いてないんだ」と悟るか、或いはそれを機に思い切って列強国のルールに全乗っかりしてしまえば、また違っていたかもしれない。
 ですが日本は決して世界的には一般的でない「物語」を採用することを選んだ。
 
 この「悪いのは自分ではなく、邪悪な他者である」という物語は、個人レベルで日本人に染みついているものであり、それが日本人の「意図的な政治オンチ」っぷりを支えていると思うのです。

 長文にお付き合いありがとうございました。まああくまでも素人の与太話だと思って貰えると有難いのですが。
スポンサーサイト

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

プロフィール

熊谷雑文組合

Author:熊谷雑文組合
熊谷雑文組合運営のブログです!皆で書いてたりします★
◆メンバー(このブログの執筆者達)
小竹大樹…隊長的な人
朽葉…ネットランナー
善浪栄一…目が死んでる
萌兄…イラスト係兼、メイド狂
環俊次…2次元ジゴロ
加糖コージ…中学二年生
きのこ汁子…ドール愛好家
など。

最新記事
カテゴリ
カレンダー
06 | 2010/07 | 08
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
月別アーカイブ
Twitter
カウンター
ご意見、ご感想

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
コメント
トラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

デジタル書房
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。