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正当性を何処に求めるかという事。

コンニチハ、萌兄です。

さてさて、久しぶりに今日は哲学的な話をしてみたり…よく、人には2種類居る的な話がありますが、今回はそんな話です。

まず、どんな2種類かと問われれば、それは正当性を何処に求めるかという事を考えた場合、自分で考えて決める人と、外に決めてもらう人というのが居ますね。

難しい話ですが、つまりこういう事です。AなのかBなのかどちらか選ぶときに、自分で考えて決める人と、人が言っている通りに決める人。

まあ、このABの選択肢が単なる夕飯のメニューなら自分で決める人が殆どですが、何が正しいか?とか何が正義か?みたいな難しい問題の場合、この国では後者が圧倒的に多いと思えます。

これはどういう事か?例えばこれからこの国は○○します!と成った時に国民投票をすると成った場合、自分で考えて賛成、反対を決める人は少数で、その時にテレビ見て、何となく、周りの空気で何となく、知ってる人が賛成しろと言っていたから、何となくみたいな感じで決める人がこの国では圧倒的に多いという事ですね。この○○がもし「戦争」だったらと考えると怖いですね。

でも本来この問題は怖いんじゃないですよ、変に60数年前に国民投票はしていないにしろ、皆何となく戦争に賛成して参加したんですから、怖いとか、怖く無いとかで無くて、もっと根本的に生命を脅かす問題であるわけですね。

まあ、アメリカとかでは自分で考えて云々みたいな教育があるので基本的に自分で考えなきゃというリベラル層がありますが、それも一定の教育を受けた知識層に限られます。アメリカでも貧しい層の人々は、プロテスタントの地元の牧師の言いなり的な行動をする人が多いので、牧師の善意にかかってきますね。まあ、善意の無く、無知な宗教家がコーランを燃やそうとか言いだしている訳ですがね。そう言うのに賛同してしまう人がどうしても出てしまうのが、アメリカの癌といっても過言ではないでしょうね。

さて、話を日本に戻します。何で日本人は正当性について自分で考えると言う事を放棄したがるか?まず日本の文明自体、古くは中国、近代以降は欧米の模倣なので、民族単位で「本家(正統)な文明は外から来る」という事が体に染みついています。詳しくは昨年の新書大賞になった「日本辺境論」内田 樹 新潮新書で非常に詳しく語られています。

なので個人単位でも「偉い先生の言っていた通りだからこれは正しい」とかそういった感じで、何が正しいかを外に求める傾向が強い訳ですね。これは必ずしも悪い事では無いです。他人を尊敬できるからこそこういう事が出来るわけですし、そういった完成が日本人の相手を立てるような文化につながっているのかも知れませんね。

しかし、それは「先生」と呼べるような対象が賢明で善意的であればの話です。残念ながら現在は……というか、近代以降はそうであるかと問われれば微妙ですね。

古来から日本人は自分以外の偉い人の言う事が正しいんだという性質がありますが、それを上手く使ったのが明治政府ですね。幕末、明治初期の混乱期に人々が何を信じるべきか困っている時に明治天皇を担ぎあげて、天皇は元々日本の正統な元首という事に成っているので国民はそれに従って、富国強兵に突き進み、戦争を「天皇がOK出してやってる事だから正しいんだ」というロジックで正当化しています。昭和になれば天皇を中心とする神権政治化が進んでますので「神の言う事だから正しい」というロジックが洗脳教育の甲斐あって絶対に成ります。その頃は学校の先生と呼ばれる人も戦争を肯定して、子供達にそういう教育をしている訳ですからもう戦争は誰も疑いようは無い訳です。

さて、そんな訳で色々あって戦争に負けて終わります。近代日本は元来、戦争であまり利益は無いけど、むしろ害悪が出てしまっているけど名義だけ勝ってる的な日露戦争みたいな戦いばかりで、普通に考えれば太平洋戦争もしない方が良かったって皆解ってるけど、何となく戦争しなきゃムードに成ったから戦争してみました的な感じで太平洋戦争しました。

戦後、戦争をすると決定した人々にGHQが何で戦争したか?と尋ねた所、「いや、その場の空気を読むと賛成しなきゃって感じで……でも私は心の中では反対だったんですけどね!」という受け答えを殆ど全員していたそうで、国民もおんなじような感じの人は多かったように思えます。歴史的には軍部の暴走で戦争は始まったとされていますが、本当は戦前当時は国民の殆ど全員で暴走してたのではと「日本は皆で何となく、偉い人がしたいって言うし……空気読まなきゃいけないから戦争してみました……」って感じで戦争したわけですよ。これは結構イッちゃってますね。

で、今はイッちゃって無くなったの?と問われれば、戦後、人に正しいと言われれば正しいよねっていう国民的な性質を少しでも変えて戦争を二度としない仕組みを作って来たかと問われれば、いや、そんな事は無いですね。

まず、戦後は、天皇を替わりを何が果たしたか……それは経済成長を背景として「会社組織」だったのではと萌兄は考えています。バブル崩壊までは、日本国内で会社の受け持つ社会的な比重は今とは考えきれないくらい大きかったのです。

例えば、何か迷った時には上司に聞けばいい、上司も解らない場合はその上司に聞けばいいと言ったように、正統性は軍で言う上官(戦後はサラリーマンも軍隊経験者が多かったのでこうなるのは必然ですが……)に依存するようになりました。だから、24時間働かされても「上司が言うのだから正しい」ですし、上司の言う事をちゃんと聞けば、出世出来たし、給料も増えたわけですから本当に正しかった訳です(まあ、体と家庭は崩壊しますが)。今でも選挙で組織票が強い力を持っているのも、会社に正当性を求めるこういう事の名残かも知れません。又、家庭では家長である夫、父親が正当性の中心に成りました。父親が稼いでくれているお金で皆暮らしている訳ですから、父親が言う事を聞かなきゃというロジックですね しかし、バブル後、景気が本格的に悪化していくとそうもいかない……

人件費を抑える為に、能力給を取る会社、賃金のベースアップに消極的な会社が増えると、上司の言う事を聞いても給料は上がらないし、会社が儲かって無くて始業も拡大して居無いので部署も増えていない為、ポストが増えないので出世のペースも遅くなるし、下手すると一生ヒラ。昔みたいに定年前には課長ぐらいにはしてくれる会社はもうこの日本にはありません。加えて家庭では父親がリストラされたり、給料が上がらなかったり下がったりして、「金」を中心にした「強くて正しい父親」という立場を保てなくなります。すると妻も子供も夫・父親の言う事を聞かなくなる。父親に従っても安心して喰っていける訳で無くなった訳ですから仕方ない。

そうなるとどうなるか?上司の言う事を聞いても何も良くならない、良くならないのに尊敬できない、尊敬できないのに行く事を聞けないという感じに成り、今でもそういう空気を強制してくる所はキモがられて敬遠されます。これが今の会社で起こっている事なのです。何も若者が、年長者を尊敬しなくなったから、集団で仕事する事を好まないから、新入社員が言う事を聞かなかったり、すぐ辞めたりしているわけではないのです。家庭でも別に偉くもない父親の言う事聞いても仕方ないし、父親の方も別に自分の中に今までの様な強力な自信を持てないので、昔の様な親子関係は成立しようはありません。

なので、萌兄は以前少し勘違いしていたのかも知れません、若者が自分の内に信じるものがあって自分の考えで行動したがるので、会社でそういう事が起こっているんだと以前は考えてたのですが(ていうか萌兄自身がそうだったから)良く考えると、大多数の人は上司が信じるに足らないので、消極的な意味で上司や会社に正当性を求めなくなっただけなのかもしれません。

では、皆何を信じるようになったのか?バブル崩壊後、オウム真理教をはじめとするカルト教団の問題が続出しましたが、そう言った組織がある一定の人々の正当性の拠り所に成ったのは確かでしょう。特に一般的にオウムでも勧誘されやすかった理系の人は、哲学的な問題に疎いので、というより理系の人は学生でも会社員でも結構忙しいので何かを決める時に自分で決めるなんていう時間のかかる事は出来ないので、外に何でも決めてくれる教祖様的な物を求めてしまう気質があるのかもしれませんし、文系だからと言って日本人は自分で考えると言うのを敬遠じがちなのが事実でしょう。

宗教に限らず、占いとか、風水とか、心理学とか、スピリチャルとか流行りました。これ等は全部決断の際に使われる事が多いように思えます。上司が、父親が信じられない世の中においてはこういったものが流行るのが必然でしょう。

外から正当性を得ようとしたがる気質の人は怖いぐらいに自分で決める事を敬遠します。信じるものが正当性を失った場合、自分で考えようとする事はしないで他に正当性のあるものを探そうとするのです。そして90年代はオカルト的なものにそれが求められた、ノストラダムスも凄く盛り上がりましたね。でも、オウム事件をはじめとして害悪が出てくるとそういうものも否定されてゆく、特にそれを痛烈に批判したのがテレビであり、現在の正当性の中心といえます。

テレビは何でもかんでも否定します「否定しといて否定している自分は正しい」というロジックですね★ 安易ですが解りやすいです。テレビは偉い著名人を連れてきて台本通りに喋らせて(学者や著名人がコメントを求められる時に、テレビ局側の担当者はその先生の本とかは読まないで来るそうです。先生も台本を読むだけなのでというか、台本通りにやらないと次から呼んでもらえなくなるので、自分の意見とは関係なく仕方なく台本通りに読みます。自分の意見と逆の事言ってる時点で微妙ですが、時々本を読んだことのある先生がテレビで全然違う事言ってるとお金に困ってるのかなとか心配になりますね…特に経済学者的な人が多い気がしますが…)先生がこう言ってるのですから正しいです!と言ったり、トラの威を借る狐とは良く言いますが、キツネがトラを傀儡している訳ですから、たちが悪いです。

で、テレビがそういうふうに、どうせそれは君らの意見を傀儡使って押し付けてるだけでしょ的な事を突っ込まれると、よく「いやいやこれは民意なのです。」という逃げ場を作ります。

最近民主党の選挙もあったので世論調査とかしてますが、あれは固定電話にしかしてません。携帯しか持っていない人が多いし、ネットがこれだけ普及しているのに固定電話からだけで民意だと言い張ります。固定電話も故意的に聞く人を選んでるんじゃないかとか思ってしまいます。一般的に田舎に電話かけて聞けば自民党の支持率は増えますし、都内なら民主党が多いとか、やろうと思えばやり放題の結果が出せるのです。最近ではテレビとネットの民意が逆だったりすることは良くあります。

しかし、どうしても外に正当性を求めようと思う人は、解りやすいものに惹かれます。するとテレビが正当性の中心に居座るように成るのは必然です。昔はテレビで言ってる事なんて眉唾だみたいな風潮もありますが、今ではテレビで言っている事は絶対と考えている人も多いでしょう。

そして、先ほども説明しましたがテレビと「民意」が合体すると凄く危険です。日本人は空気読む為だけに生きてるような人が大勢います。そういう人達にとってテレビで放送される「民意」は戦前の天皇の言葉に匹敵します。民意が、皆がこっちがいいって言ってんだから、そうでないというやつはKYだ、悪だという構図ですね。

民意が本当であっても、右向け右でみんな右を向く社会は狂ってますが、日本で言う所の民意があまりにも信憑性の無いものなので危険度はかなりのものです。テレビで戦争やれって民意が圧倒的だと放映すれば、信じて戦争やろうという人は最初は殆ど居ませんが続ければ少なからず出てくるはずですし、20年も流し続ければたぶん高い確率で戦争できそうな危なっかしさを萌兄は感じます。日本人の特性もレベルも戦前と全く変わっていません。

で、萌兄は何を言いたいかと問われれば、皆に自分の信じるものは自分で考えろなんて暴論は言いません。そういう事は地獄の所業です。萌兄も大学で哲学してましたが、考える事が学問のかなめである哲学科ですらそういう人は哲学科でもマゾ連中だけが行える行為です。心にも体にもいい事ではありません。頭は使うのでボケないですけど、胃潰瘍とかで死ぬ方が早いので長生き出来ないと思います。

なので、お勧めできる生き方で無い以上、強制はできません。でもやる価値はあります。価値だけはね。なので、どうするべきか?それは信じる対象をちゃんと選ぶ事です。

信じる対象、正当性を得る対象が良心的で賢明あれば問題ないのですね。欧米であれば、幼いころから思想や宗教教育があります。思想に琴線が触れたマゾ野郎は自分で考える道を選ぶし、そうでない人は、こなれた無難な宗教を自分の正当性の礎にするのである程度安全です。カトリックであれば「殺人は罪」という教えがあるので人を殺すのは悪いことだって信じれるといった具合にいい方向にまわります。一部アメリカとかではその辺を悪用してカルト的なプロテスタント集団が居るので危険ですが、基本的はちゃんとした昔からある宗教が多くの人の善意の礎に成ってくれるのです。

でも、日本は基本的に無宗教というか、哲学と宗教の違いも解らないレベルの人が大勢いて、その辺特殊なので宗教にそう言ったものを求めるのが難しい、仏教の考えなんて素敵な部分多いですが、近年の日本のお坊さんは生臭い人が多くてちゃんと勉強してるのか疑問な人も中には居るので、そういう純粋に宗教的、思想的に正しい行いに魅力を持つ人が一致団結するのも難しいでしょう。

そんな訳で、今の日本人の殆どの人にとっては「テレビis正当」の中二病も真っ青な思想の持ち主な訳です。まあ、そういう人は「思想」という概念が多分無いのでこういう言い回しもちょっとしっくりこないですが……でも、こういう事態を打破するためにも、みんなもう少し本とかネットとか見ていろんな意見を見るのがいいと思います。

萌兄は別にそのいろんな意見を見て、自分なりの意見を持つべきだと言ってるわけじゃないです。いろんな意見を見て自分にしっくりくるものを信じるだけでもOKだと思います。日本人の「誰かに正当性を預けたい病」は治らないと思うのでせめて色々な意見を信じる人を増やす事でリスク分散する事が大切だと思います。そう言った意味でバブルまでは各会社や各家庭で考え方が違ったので安定していたのかもしれません。

そしてそうなる為には、もうちょっとみんな余裕をもっていろんな知恵に触れる機会を持つ事が大切だと思います。まあ、ワーキングプアが増える一方では時間は限られ、コストもかからないテレビが力を今以上に持ってしまうでしょうがね!

まあ、いいんです。テレビでも立派な人はいるし、池上彰さんはそういう意味で偉いと思います。「これだけは知っていないと恥ずかしい世界のニュース」とかそういう言葉には凄く救われます。池上さんがそういう事を言う前は、「ええ、世界のニュースなんかに興味あるの!考えすぎだよぉ」とか「そういう事勉強す前に、その時間で仕事しろ」とか「勉強するより、若い頃はちょっとぐれるぐらいが、ハートの暑い奴だ」とかそういう意味の解らない論調に対抗する手段に成っていると思います。最近はニュースに詳しい人はすごいみたいに成りました。これはとても良い事です。今までは内輪で盛り上がってるようなエセお笑いバラエティー番組に詳しくて、テレビの前で爆笑している人が偉いとされていたのですから凄い成長ですよ!

まあ、そろそろ話を終えたいのですが、萌兄的にはこういう風に何が正しいか考えてる人を馬鹿にしないでくださいという事を一番言いたいのです。難しい事を言うと、多くの日本人はその人を馬鹿にします。馬鹿にしたければバカにすればいいです。でも彼等は命を賭して考える事をしているのです。金儲けとか娯楽とかそんなこと天便にもかけずに考えているのです。だから本当は馬鹿になんかしてほしく無いんです。でも外からは滑稽に見えるでしょうね。でも、皆があなたたちみたいに考える人を馬鹿にし続けていると、本当に日本は滅んでしまいますよ。まあ、それも日本人が大好きな滅びの美学という奴かもしれませんが……

ここまで長々と読んでくれた人ありがとうございます。オチをつけるとしたら、萌兄的に信じるに値するものはメイドさんぐらいですがね★
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テーマ : これでいいのか日本
ジャンル : 政治・経済

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