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アウグストゥスのリーダー論

 あ、どうも、善浪ですこんばんは。
 
 「竜馬伝」がそろそろクライマックスだそうで。
 その影響かもしれませんが、坂本竜馬関連の書籍の売り上げも軒並みアップ。
 さらに歴史ブームだそうで。
 歴史関連の書籍も相当広範囲に売れてます。
 特に昔から人気なのが「歴史の偉人から学ぶ~」みたいな本。
 「信長のリーダー論」とかよく目にしますよね。
 とくにこういう時代ですから、「英雄」とか「ヒーロー」は人気です。閉塞した社会状況を、この人だったら解決させてくれるはず、という期待感があったとしても、まあわからない話ではありません。(政治家が「竜馬のように!」とか言い出すとお寒いですけど)

 ただ、見るべきは、学ぶべきは本当に「英雄」なのか? と僕は思います。
 竜馬や信長みたいな英雄は確かに凄いんですけど、そんな人は滅多に現れません。能力だけではなく、強運の持ち主だったり、人間関係に恵まれていたり、要するに現代において彼らみたいな人間が現れることを期待しても詮のないことだし、彼らの真似をしても上手くいくとは限りません(竜馬は竜馬だったから成功したのです)。
 だから本当に学ぶべきは、「英雄」と呼ばれる人ではなく、「凄くないようで実は凄い、ちょっと凄い人」じゃないかなぁと思うのです。

 ということで今回考察するのは「アウグストゥス」です。

 アウグストゥスはあのユリウス・カエサルの養子で、ローマ帝国の初代皇帝。
 とはいえこの人は、最初から皇帝を名乗ったわけじゃない。
 彼はカエサル死後の内乱を終息させて、共和制を擁護したように見せかけて気が付くと実質ほとんど帝政に変えてしまっていた。
 ローマ人は王政とか独裁政権に異常なアレルギーを持ってたらしいので、とにかく穏健に、反帝政の人も納得できるように、目標を達成させていったわけです。

 この人の面白いのは、養父・カエサルと違って、かなりの欠陥を抱えた人間だったところ。
 まずもって身体が弱かった。子供の頃から胃腸が弱かったらしく、戦争に行っても寝込んでばっか、ということが多かった。もちろん酒はダメ。飯も食いたいときに食った、というより食いたいときにしか食えなかった。
 低血圧でもあったようで、朝はかなり辛かったらしい。どうしても外せない用事の時はもう「えいしゃあ!!コラー!!起きるわボケェ!!」とばかりに気合で起きていた。そんで昼間でも寝たいときには横になって寝て、眠れなきゃ寝ずに起きていた。
 そんなだから当然戦争の指揮なんてろくすっぽできるはずもない。てんで弱かった。本人もそんなことはわかってたので、戦争は腹心のアグリッパに全部任せていた。
 さらに彼は演説も苦手だった。アドリブが苦手だった。ユーモアのセンスもなかった。文章もあまりうまくない。人前で話すのも多分苦手だったろう。人前で演説しなきゃならないときは、あらかじめ用意された原稿を丸読みしていたらしい。
 他人の心の機微に疎かった。プライベートの問題にずけずけと口を出し、部下と確執を起こして、引きこもらせてしまったこともあります。

 カエサルは、これらアウグストゥスが持っていなかったものを全て持っていた。カエサルは完璧超人だったからです。しかし、カエサルにはできなかったことが、アウグストゥスにはできた。何故か。

 一つには、「一から事業を始めた者」と「事業を途中から受け継いだ者」の違いはあるでしょう。
 カエサルは結局事業を達成させられなかったが、半ばまではできたのだ。アウグストゥスはその基本方針を受け継げばよかった。アウグストゥスにはカエサルのような独創性はない。カエサルがいなければ、アウグストゥスもなかった。

 もう一つは、「他者に対するスタンスの違い」があると思います。
 カエサルは何をやっても他人より優れていた。戦争も、政治も超一級だった。文章を書かせれば、政敵のはずのキケロすら絶賛したし、女にもモテまくった。
 彼は誰よりも優秀だったし、それを自覚もしていた。自覚していた、ということは、彼は他者を確実に自分より劣ったものとして見ていた、ということだ。ちなみにこれはちっとも悪いことではない。他人に優越感を感じる瞬間など誰にでもある。カエサルは他の人間よりちょっとだけ、優越感を感じる対象が多いだけのこと。
 しかし、そのため彼は何でも一人でやらなければならなくなった。何故って、他人任せにするより自分でやった方が早いし、効率がいいからね。
 カエサルが他人に任せるときというのは、自分が忙しくて手が廻らないからやむを得ずとか、自分が行くまでの時間稼ぎとか、そんなケースが多い。
 カエサルは他者を「信用」することはできた。カエサルは他者を将棋の駒のように用いて、その才能を思う存分発揮させることに関しては天才だったと言ってもいい。

 ただ、カエサルは他者を「信頼」することはできなかった。カエサルにとって最も頼れるのは己の才覚だった。自分でなければ、その難事業は達成できないと確信していたし、自信もあった。そしてそんな彼についていく部下達は、カエサルに用いられることこそが幸福だった。カエサルの部下達は「カエサルの一部」でなければならなかった。カエサルがその目的を達成させる為の手足でなければならなかったのである。そして、カエサルの理想とするローマの姿もまた、「カエサルの一部」であったのではなかろうか。少なくとも、当時のローマ人、特にカエサル暗殺を企むような共和政主義者なんかにはそうのように見えてしまったのではなかろうか。

 一方アウグストゥスは、逆に、他者を「信頼」することしかできなかった。彼は戦争が出来ない。身体も弱い。小粋なトークも得意じゃない。人に好かれるタイプってわけでもない。ないないづくしで、出来ないことは他人に任せるほかなかった。戦争はアグリッパに、外交や演説の原稿作成はマエケナスに丸投げして、自分は自分のできることをしたのです。
 自分にできることしかしなかった、というよりは、自分にはできないことは自分よりその道に秀でた他人に頼るほかない、というごく当たり前のことが、カエサルよりもはっきりわかっていたのです。カエサルはそれができなかった。カエサルより秀でた人間などいなかったから。
 
 そしてアウグストゥスの目指していたローマは、「みんなのローマ」だった。ローマ人がみんなでつくるローマだった。アウグストゥスは、形だけのものとはいえ共和政を残した。ローマ本国や属州を再編成して、地方分権体勢を強化した。ローマ人全員で国を作っていくぞ、俺も頑張るけどみんなも頼んだぞ、というスタンスを明確に示したのです
 どちらが良い悪い、ということではないけれど、カエサルの時には起こった反発は、アウグストゥスには起こらなかった。

 優秀なリーダーは部下に「この人についていけば絶対になんとかなる」という確信を持たせることも大事ですけど、「この人は俺がついてないとダメだ」という保護者のような心境を持たせることも余程大事だと思います。
 カエサルは保護者ではありえたが被保護者ではありえなかった。
 アウグストゥスは、保護者である資格は、カエサルほどではないにせよ持っていたし、被保護者である才能に関しては超一級品だった。
 彼はそこが面白いのです。全然すごい人間じゃない(特にカエサルと比較すると可愛そうなくらいすごい人間じゃない)のにすごいことをやってしまう。

 彼の人生はカエサルのように「激動の」って感じじゃない。大きな戦争もないし、はっきり言って地味だが、それでも十二分にエキサイティングで面白いと思わせるだけの「戦い」に満ちた、魅力のある人生だと僕は思うのです。

 あとですね、「歴史から学べ」っていうのを「偉人の偉業に学べ」だと思ってる人がいると思いますけど、僕は折角先人達が残してくれている「失敗」の数々も無駄にすべきではないと思います。
 というより、むしろ失敗をこそ参考にすべきですよ。成功譚をなぞるのは難しいけど、失敗譚は、それと逆のことをすればいいのですから、学ぶならそっちの方が楽だし、確実です。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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