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領土問題ってそもそも何よって話。

 どうもご無沙汰してます、善浪です。
 11月14日の日曜日にコミティアに出ます。スペースは「に11b」です。
 新刊の「月刊モブ3号」他、既刊も置いてますので是非お越しください。

 さて、まあ最近はこんな話ばかりしてるんですが、今回もそんな話です。

○「領土問題」ってなんだろう
 
 何年か前の話なのですが、ふとテレビを見ていたところ、「北方領土は日本固有の領土です」って政府広報のCMが流れたんです。
 で、まあそれだけなら特に何ということもないはずなんですが、問題はその後。お茶のCMが流れて、そこで外人が「ニッポンジンハ、ウールサーイ!」って言ってたんですね。
 これに遭遇して、僕はつい笑っちゃいました。
 何というか、「ああ、日本だなぁ」と思ったのです。
 すごく真面目に、正しいことを言ってるんだけど、相手には通じない。「もー、うるせぇなぁ」と軽くいなされてしまう。そんな感じがすごく日本っぽかったです。
 まあ何が言いたいかというと、日本と外国との間には何か「ズレ」があって、外交問題、特に領土問題をこじらせているのはそれが原因なのではないかと思うのです。

 日本と外国、ここでは大陸の国々を扱いますが、その最大の違いは何でしょうか。
 それは、他国と境界を接しているかどうか、です。
 つまり「国境」というものが、地面に線を引く形で、存在しているかいないか。
 この違いはかなり重要だと僕は思います。

 言うまでも無いことですが、日本は島国です。周りを海に囲まれています。歴史的に、内乱はありましたけど、外国に攻められた経験も、他の大陸諸国に比べると多くはありません。侵略を受けたことも、外国の植民地になったことも(一部地域を除き)ありません。わりと恵まれた環境で育ってきた箱入り娘って感じです。
 そんなお国柄ですから、国境線があまり意識されません。海に線は引けませんからね。ま、というより、(大陸で言う所の)「国境」という概念自体が無いのではないかと思います。

 対して、大陸の国々はどうでしょうか。
 これはもう、千年単位で戦国時代をやってきた経験があります。他国どころか、他文明と戦ってもいますし、戦争の中で「国家」を育んできたと言っても過言ではありません。
 当然、「国境線」も時代時代、戦争戦争によって変わります。どの国も生き残りを賭けて戦ってきたのです。
 第二次大戦以降、大きな戦争こそなくなりましたが、紛争の種はそこら中にありますし、どころか、そこかしこで戦闘は続いています。つまり今でも、境界線は変化し続ける可能性があるのです。
 戦争とは縁遠い国もあるにはありますが、地続きの所に国境がある、「あと一歩踏み出せば、法律も、言葉も、文化も違う世界が存在する」ということは、他国の存在を嫌でも意識させるであろうことは想像に難くありません。
 つまり、日本と大陸の国の人々とでは、「国境」だけでなく、「他国」というものの考え方自体が違う可能性もあるのです。

 国際社会においては日本のような島国の方が少数派ですし、日本の方が異質だと考えていいでしょう。
 そしてここからが重要ですが、「国境」に関する考え方が違うということは、「領土」というものについても、日本と大陸の国とでは、認識を異にしていると考えた方が、やはり自然だということです。

 今現在、日本と領土問題を抱えているロシア、中国、韓国などの国家は、全て地続きで他国に繋がっています。そしてその国境は、たび重なる戦争によって決定されてきました。
 つまり彼らにとって「国境」はその都度変わるものですし、「領土」もまた常に切り取ったり切り取られたりすることが可能的である、という前提で認識されている。 だから彼らは「領有権」というものを殊更声高に叫びます。それは領土が常に危機にさらされているからであり、「領有権」を主張することはカードの一枚としてまず出さなければならないものなのです。

 日本には、あまりそういう文化がないように思います。
 領土問題に関するニュースなんかを見る限り、どうも「日本固有の領土なのに何故『領土問題』なんてものになっているんだ」って論調が多いんですよね。多くの日本人にとっては、「領土問題」は「異常な状況」と見られているようですし、日本と領土問題を起こしている国は「理不尽」だと思われています。
 ですが、おそらくそう考えている限りこの「領土問題」ってやつは解決しません。
 日本と大陸の国々との間には「領土」に関する認識の「ずれ」があり、そこを埋めないと同じ土俵にすら立てず、ついでにいうなら、この場合「異質」なのは日本の方なのです。

○「領土」ってなんだろう

 何日か前のエントリで、朽葉さんが
「基本的に領土問題ってのは、簡単に譲ったりしたらいけない問題」 と言ってました。
 僕もそこに異論はありません。領土問題は、国として、絶対に譲ってはならないと思います。
 ただ、おそらく朽葉さんと僕とでは少しばかりニュアンスが違うような気がします。

 そもそも「国」ってなんなんでしょう。 「国」には実体がありません。「これが国です」と指させるものが差し当たってないのです。定義も、はっきりしたものはありません。
 「なんだかわからないけど、どうもそういうものがあるということにした方が暮らしやすいらしい」という曖昧な実感が「国」というよくわからない存在を支えています。
 なきゃないでいいのですが、あるものはしょうがない、と思う人もいるでしょう。
 要するに、「国」というものは基本的にフィクションなのです

 そして、そのフィクションを強烈に成り立たせているツールが、「国境」です。
 「自分が何者かを知っているということは、自分以外のものが何者かを知っている」ということです。
 つまり「自国」の存在を実感するためには、「他国」がリアリティを持って存在していることが肝要になってくるわけですが、その際重要なのは、「境界」、つまり「自分と他者とを決定的に分ける線」なのです。
 ここを曖昧にしてしまうと、国の形どころか、国という概念自体があやふやになってしまう危険がある。

 だから「国家」を存続させたいのならば、領土問題は「譲ってはならない」
 例え何を譲歩しようとも、その領土だけは譲ってはならない。
 もっと言うと、例え取り返せなくても「その領土はうちのだ」という主張だけは、絶対にし続けていなければならない。
 というのが僕の考えです。

 ですから、例えば北方領土ですが、「もともとうちの領土だったのだから無条件で返還されるべきだ」という主張は、ロシアに対して何の意味も持ちません。「取り敢えずの前提」というカードの一枚程度の扱いです。
 法的根拠も同様です。例えロシアの北方領土実効支配に正当性が無かろうとも、実際に彼の地に軍隊がいるという事実には勝てません。そういうもんです。彼らの行いは「不当」ではあるけれども、国際的な振る舞いとして「間違い」ではありません。国際社会はそういう文法で動いています。
 ならばどうするか。

 ロシアにしてみれば、他にも抱えている領土問題があるので、北方領土だけを突然返すわけにはいきません。
 北方領土を返還することで生じるであろうリスクに見合うだけのリターンが無ければ、彼らの国益に反する。
 で、あれば、こちらは向こうにもメリットが生じるような条件を提示しなければなりません。
 例えば、「北方領土を共同でリゾート開発し、利益を分け合おう」とか、「サハリンのガス油田の開発に協力しよう」とか、「譲歩する」し、「譲歩を引き出す」ことが絶対に必要です。
 要するに、お互いに「あがり」がでるような取引をしなければならない。
 基本的に、領土問題に100点満点の解決法はありません。 どちらも国家の存亡にかかわることですから、一度問題になってしまったらそう簡単に譲るわけにはいかない。
 お互いに、ある程度痛まなければならないのです。歴史上、領土問題を解決した政治家はことごとく、国民からの強い批判にさらされるものです。
 「自国」のことだけ考えていても、問題は解決しない。「自国」を成り立たせしめているのは「他国」でもあるわけだし、この地球上で如何に共存していくかを、例えどんな手段を使ってでも、模索していかなければならない、と僕は思います。
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テーマ : 政治・経済・時事問題
ジャンル : 政治・経済

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