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久しぶりに詰まらない話。

私個人としては久しぶりの更新です。

何でかって?

そりゃそうですよ、みんな忙しいんです!師走ですからね(主にモンハン的な意味で)!!

だからって、萌兄氏以外、殆ど更新しないって、どうよ?彼もモンハンの話しかしないけどね。モンハンの話の方がみんな聞いてくれるので結構な事です。

今日は私のモンハンレビューでは無くて、また暗い事でもネチネチ考えようかと。

冬は寒いのでオセンチに成るのです。

それはさておき本編ですが、先日、管首相が硫黄島に行って戦没者の遺骨や遺品を発掘するパホォーマンスで、手を合わせる時に軍手してたので、それに批判が集まってましたが、私の家族も周辺の人々もその辺にはさして不快感を持つ人はおらず、何でメディアはどうでもいい事を重箱の隅をつつくように取り上げてワイワイしてるのかイマイチ解らないという感じで・・・それどころか私としては戦没者に対しての供養の気持ちが足らないから、ああいう行為に現れるのだ理論自体どうでもいいのではないかと思いました。問題はもっと深くにあるのではと・・・

何でそう思ったのか?私はなんとなく日本人は第二次世界大戦での戦没者に対してあまりにも美化されすぎた観念を持ち過ぎているのではないかと?同じ死人なのに、交通事故で死んだ人と戦死した人をあまりにも違う存在として見過ぎているんじゃないかと…

そんなわけで最近、日本においての戦没者の扱いに違和感を思わなくもないわけです。何でそんな不謹慎な事を思うのか?と自分でも少しどうかしてるんではと思わなくも無かったのですが、最近のイラク戦争などを見ていて何となくそう思うのです。

戦争と言うのは、どうしてもどちら側にも被害者は必然的に表れるものです。そんなの誰にでも解りますね?解らない人なんていません。記憶にも新しいアフガニスタン戦争、イラク戦争でもそうだった訳で、そんな悲惨な戦争なのに、何故起こるんだろうか?と考えるとそんなのは簡単で、人が死ぬのが明白なのにそれでも戦争をやろうと言いだした人達とそれをちゃんと阻止しなかった人達が居るからです。

この前のイラク戦争では、ブッシュ大統領を中心にする石油マネーや軍需産業で潤う財界人と、その人々のプロパガンダにいいようにされて愛国心を逆なでされたアメリカ国民の多くが戦争を決断したのでした。そしてその決断によって、罪も無い人が多く死にました。

戦争で金儲けをする為、テロへの報復の為、国を守る為、理由は色々ありますが、彼らは必ず大量の死人が出るであろう戦争をみすみす選んだわけです。その事に関しては理由はどうであれ罪なのではと私は思うのです。戦争とは関わりの無い僕等の世代から見れば、彼らの選択は理由がどうであれ肯定できるものではありませんでした。

そして、それが、僕にとっての日本の戦没者の扱いについての問題に対する疑問にも繋がっているようにも思えたわけです、つまり日本の戦時中の世代と直接の関わりの少ない僕等の世代としては戦没者世代は同時に戦争決断世代だと言うことなのです。

映画やテレビのドラマなどでは戦争にいく兵士たちは「家族や祖国を守る為」と言って戦死していきますが、家族や祖国を守りたいのなら、良く考えれば戦争に反対すればいいだけの事で、あの時代はそんな事口にしたら『非国民』と罵られ殺されていたという意見があるけれど、どうせ戦地に行っても殺されるのだから、どっちにしろ殺されるのであれば普通に皆で反対した方が自分は殺されるかも知れないけれど、戦争さえ起こらなければ本土空襲も無いわけで、家族は開戦するよりも高い可能性で助かった訳です。

それなのに、みんな世間体とか、プライドとか、大和魂とか、武士道とか、戦争洗脳教育とかその他もろもろの理由はあっても、戦争を選んで、兵士に成って、海外の罪の無い人を殺しまくって、その上、自分も死んだり、家族も空襲で死んだり、本当に彼等の世代としては良かれと思ってやったことかもしれませんが、傍から見れば世話ない感じにしか冷静に考えると見えません。どう贔屓目にみても適当に暴れて回りに散々迷惑かけたうえ自滅したようにしか見えません。

極端な言い方をすれば、彼等は世間体とかプライドとかその他色々のどうでもいいものを守る為に自分の命も家族の命も、それに加えて諸外国の罪も無い人々の命も、無能な当時の国やその中心に居る人々にに売ったようなものです。

そう考えると、遺族の感情を汲んで戦没者を手厚く葬る事は必要であるとは思えますが、戦争責任の問題は、それとはべつとしてちゃんと追求していくべきだと思えてきます。戦前の日本人は武士道云々で例え負けると解っていても華々しく戦って散るべきだと考えていた、又は、戦時中の洗脳教育でみんな狂っていたと言う人も居ますが、武士道があると言うのであれば、ちゃんと武士道がある君主や家長であれば藩主の首と引き換えに戦争を避けて民や家族を守るのが武士道ですし、洗脳教育で狂っていたら何でもしていいというのなら、オウム真理教の信者が何をしても許さなければいけなくなります。

そういった面からみても日本の反戦作品、第二次世界大戦を題材にした作品における、戦死した兵士や、一般の戦没者への肯定的すぎる描かれ方は違和感を持たざるをおえません。戦争で家族を守る為に散って行った兵士を賛美する事は、一歩間違えば、それこそ単なる戦争賛美ならぬ開戦賛美に成りかねません。何度も言いますが、本当に大切な人を守りたいのなら、皆でよってたかって戦場で人殺し大会をするより、皆で団結して戦争に反対するべきだったというのは事実です。

確かに、戦争に関わって、苦しんできた世代の方が生きているうちは、そういった配慮も大切ですが、あと20年経っても同じような作品が作られ続けるとしたら、そこからは戦争の悲惨さは伝わっても、開戦を決断するべきではないという事が十分には伝わらないと思います。本当に戦争を二度と起こしたくないのならば、メディアは戦争で死ぬなんてみんな無駄死に以外の何でもないという事をちゃんと描くべきだし、戦争に反対して獄死したような人の話もちゃんとやるべきなんじゃないかとも思います。

まあ、ここまで深くは考えなくても平和は人々の不断の努力の上に成り立つ以上、戦争は政治や民衆の努力の怠慢であって、戦争には正義なんて無い、関わった奴は皆、悪者だってぐらいの事はちゃんと認識させてゆくのが教育だと私は思います。

最後に言いますが、戦争はどんな理由があっても国民全員の失策で国民全員が戦犯だと私は思います。

まあ、この辺は意見が分かれると思います。欧米では正義の為の戦争という概念もあるので…

でも、日本の文化として死人の悪口は言わないというのが、実はこの問題の根幹にあるのかもしれえませんがそれはまた別の機会があれば考えてみます。
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テーマ : 日本人論
ジャンル : 政治・経済

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