スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

プラモデルの明日を考えてみる。その8 遊びが社会を支えている

もう八回目だよこのネタ。と言う訳で小竹です。八回目と言う事はもうだいたい2か月もプラモ話で時間稼ぎしてるのかい?困った物ですがもうちょっと続けますよ。

ええとですね、先週予告した時間的余裕のなさが、プラモ業界に影を落としてるんじゃないかと言う事でしたが・・・子供達は塾通い、大人たちはワーキングプアなので日本人は全然余暇時間が減ってます。日本の発展は余暇時間にみんな真面目にどうでもいい事に打ち込む事で発展してきたのに、今の偉い人達にはそれが解らんのです。みたいにちょっと洒落てみましたがたぶん、かなりその部分が真相に近いかも知れません。現にプラモデル産業はプラモを趣味にする人が減れば衰退しますからね、その分日本の内需は減少します。

プラモデルの間口がどんどん広がって言った話は、前にしましたが、子供も大人も初心者も玄人もプラモデルを作るように成りました的な事を書きました。そのためにプラモデルは誰でも作りやすいように、技術的に進化してきたと。一番大きな流れとしては組み立てるだけでもう完成品と遜色無い出来栄えに成ると言うのが有ると思います。塗装や改造しなくてもアニメや映画の中の劇中に近いイメージの模型が手に入るわけですよ。凄く便利です。小竹もプラモを作りまくっていた時期にプラモがどんどん進化していくのは凄くうれしかった記憶が有ります。ただ、そのうち寂しくなったのも事実。この寂しさから間口を広げ過ぎたせいで、コアなファンが付きづらくなった感がプラモデル有ります。ではこの寂しさとは何か?

プラモデルは今や組み立てるだけで、もはや限りなく完成された物に成っています。お店で売っている完成品と遜色ないです。ただ遜色ないなら、特にプラモデルを組み立てるという事自体に執着が無ければ組み立てる手間の無い完成品を買った方がいいのは当たり前です。逆にプラモデルの質が良くなれば良くなるほど、改造とかするのを楽しみにしているコアなプラモファンとしては「むしろ改造しづらい」感じがビンビンしてきます。これが寂しさです。出来の悪い生徒は更生させる楽しみが有りますが、出来のいい生徒はほっておいても難なく卒業してくれます。そういう意味で今のプラモは可愛がり甲斐の無い物に成ってしまっている気がするのです。それがプラモ離れに拍車をかけます。

時間が足らない大人や子供がロボットの模型をほしいと考えた時、プラモ業界がどんなに頑張って、組み立てるだけでほぼ完成品のパーツ数の多い割合高価なプラモを出して、どんなに、組み立てに手間も時間がかからないですよと宣伝しても、完成品が市場に溢れかえっている現在ではあまり意味は無いと思います。特にプラモでなきゃなと思う人以外は、多少高くても完成品を買うでしょう。現に完成品のフィギア業界の方が今は活発ですし。

こういう事からも解るように、この国の人々は、手間や時間をかけるより、それらをエスケープして金で何とかしようとするようになりました。そして金で何とかしようとすると昔はすごく高くついたのに、今はグローバル化の影響もあって、そうでもない、何割か高くつくだけで、それなら自分で手間や時間をかけるより、少し多く払って手間のかからないサービスを受けた方がイイと考える人の方が多いはずですし、何でもかんでも複雑化して、一般人には手を出せない、専門家に任せなきゃどうにもならない事象が増えたものそう言った動きに拍車をかけていると思います。

ただ、生活に必要な物は金が有ればプロに任せるのもいいのですが、趣味と言うものはこれとは全く別な気がします。ある程度自分でやらなきゃ趣味は趣味として楽しめません。と思いきや、最近は浅く楽しむという技も有るので一概には言えませんが、プラモデルは割と深くまで掘り下げないと本当に面白い財宝にはたどり着けないきらいがあります。そのために今は劣勢に成っているのでしょうが・・・

今のプラモは改造しづらくなり、下手に改造しない方が出来が良くなる状態まで進化しました。コトブキヤのプラモなんて、塗装が難しい部分は予め塗装までしてあるくらいの親切設計。でも、こういう潮流が強くなればなるほど、俺がこのプラモをより良く完成させてやる!という気も薄れてきます。時間をかけないで作れるプラモは、プラモの存在価値を否定していると言っても過言ではないでしょう。プラモは作っている時間が一番楽しいのですから。

PC自作もまたしかり。ですね。最近はパソコンなんて自作するよりBTOパソコンの方が全然安いです。頑張れば同じくらいのコストで作れますが、わざわざ苦労して同じ性能なので、プラモデル業界よりも自作PC業界は冬の時代と言われています。余程の意味無いほどのハイスペックを求めない限り、パソコンは作るのが楽しくて仕方ないと言う人以外は完成品を買った方が得だし、保障も付くのでリスクも少ないです。

でも、PCを自作する事で得られる、自力でパソコンを治すテクニックは、実際自作しないとなかなかつかないです。プラモデルも同じですね。材料を切ったり削ったり塗ったりといった技術は、完成品の模型や玩具は与えてくれませんし、今までこの世に無かった模型を自分の手で作りだす喜びは、何かを作ると言う行為なしには手に入らないのです。

その喜びを知って、みんなで共有できるのが、嘗ての日本人だったんじゃないですか?何でも分業化して、知ってる人しか知らない物を増やしてきた我々の現代社会に無いものがそこに有るんじゃないですか?

玩具が、自分の欲しい物が、無ければ何とかして作る。無いものは作るのが日本人だったんじゃないですか?

ここで、印象的な文面が有りますので引用します。下記のHPに記されているプラモデルの歴史の最後の一文です。
プラモデルの歴史http://www.abysshr.com/mdsa021.html
『かつて玩具は買うものではなく作るものでした。
 庶民の子供にとって完成品の玩具は高価なものでした。
 小金があれば完成品より安い組み立てキットを買いました。
 キットも買えない者は身の回りのものを加工して玩具を作りました。
 腕のいい子供は仲間に売って小遣いを稼いだりもしました。
 玩具を自らの手で作ることで造形の楽しさを覚える者がいました。
 創意工夫を身につけた者もいました。
 そういう時代がありました。
 時が流れました。
 今の玩具は庶民でも楽に買える価格の完成品が主流となりました。
 組み立てキットは姿を消しつつあります。
 凧もライトプレーンもグライダーも組み立てキットを売ってる所はほとんどなくなりました。
 だいたい、飛ばして遊べる広い場所もほとんどありません。
 日本は豊かになりました。
 豊かにはなりましたが、伸び伸びとした遊びには貧しくなったかもしれません。』


人間は大人に成っても唯一遊び続ける生物だと言われています。その遊びの中から、人々は文化を文明を作り発展していきました。でも今のこの国の子供も大人も、本当の意味で遊べているんですか?遊べない社会にはもう次の発展は無いんですよ。その辺の事もっとちゃんと、大人は子供と、子供は大人と、子供は子供と、大人は大人と遊びのを通して語り合う必要があるんじゃないんですか?

その為の一つの手段としてプラモデルが生き残る事が出来れば、プラモデルが大好きな私としてはこんな嬉しい事は無いです。

とうい訳で、やっとこれからのプラモデルをどうするべきかの出発点が見えてきました。来週は遂に最終回に出来るのか?乞うご期待。
スポンサーサイト

テーマ : プラモ・模型
ジャンル : サブカル

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

熊谷雑文組合

Author:熊谷雑文組合
熊谷雑文組合運営のブログです!皆で書いてたりします★
◆メンバー(このブログの執筆者達)
小竹大樹…隊長的な人
朽葉…ネットランナー
善浪栄一…目が死んでる
萌兄…イラスト係兼、メイド狂
環俊次…2次元ジゴロ
加糖コージ…中学二年生
きのこ汁子…ドール愛好家
など。

最新記事
カテゴリ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
月別アーカイブ
Twitter
カウンター
ご意見、ご感想

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
コメント
トラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

デジタル書房
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。