スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「覇」のこと

 あの、みなさん突然ですけど、「夏候覇」って知ってますか?
 何? 高円寺に出来た新しいラーメン屋? 
 そうそうそうそう! トンコツ背脂ギットギト系のね! 親父がとにかくうるさいことで一躍有名になりましたよねー! 
 ……違います。

 「夏候覇」は『三国志』の登場人物です。約1800年ほどまえに中国にいた、実在の人物なのです。
 『三国志』はわかりますか? わからない……じゃあちょっと黙って見ててくれます? すいませんね、取り敢えずそういうもんがあるってことで読むだけ読んどいて貰えます? はい。

 で、『三国志』を知っている方でも「夏候覇」まで知っている人は結構なマニアに分類されます。
 たとえば吉川英治や北方謙三の小説を読んだだけでは、「夏候覇」は登場してこないか、してもほとんど印象に残らないはずです。
 全60巻の横山光輝の漫画版『三国志』ですら、「夏候覇」の出てくるエピソードは一つです。
 「夏候覇」を知っているのは、陳寿の三国志を読んだコアな人間か、コーエーのゲーム『三國志』シリーズのユーザーが主であると思われます。
 要するに、あんまり知名度がないのです

 夏候覇が登場するのは、三国の争いも終盤になってからです。
 生没年は不明。
 魏の国の武将、夏候淵という人物の二男として生まれました。

 夏候淵は魏の曹操配下の武将の中でも特に重用された人でした。
 魏軍の西方方面軍を任されて活躍しています。
 『三国志演義』では「強いんだけど頭の弱い男」として描かれていますが、あの曹操が方面軍を任せたことからも、その軍事能力の高さが伺えます。
 魏の中心人物の一人だと思って間違いありません。
 その息子である夏候覇は、魏のエリート一家の生まれ、ということになります。
 しかしその夏候淵は、西暦219年、定軍山で行われた蜀軍との戦いで戦死してしまいます。

 この時、夏候覇が何歳だったのか、何をしていたのかはわかりません。史書に残っていなので仕方ないのですが、おそらく父親の復讐戦を期して訓練などをしていたか、エリート一家の次男坊の常として遊び歩いていたか、どちらかではないかと思います。

 230年あたりからボチボチ戦争に出始めます。
 夏候覇の兄弟達はみな優秀でしたが、覇は格別に出来が良かったようです。エリートらしく、魏軍の先鋒を任されたり、結構重要なポジションについています。
 つまり彼はこの時点で、魏帝国の出世コースの最先端を走っていたわけです。
 
 ところが、彼の順風満帆な人生は突如として激変します。

 ちょっとややこしい話になるのですが、この時代の魏では派閥争いが激しくなっていました。
 曹操の一族である曹爽を中心とした守旧派グループと、司馬懿を中心とした司馬一族グループです。
 夏候覇は、曹爽派に属していました。
 曹爽派は、曹一族をないがしろにして権勢を握ろうとする司馬グループを誅殺しようとクーデターを企てますが、これを察知した司馬懿が逆に罠をしかけ、曹爽を殺してしまいます。

 さて、こうなると身が危うくなるのが夏候覇です。
 司馬懿派の郭淮という男と中が悪かったこともあり、夏候覇は魏にいられなくなります。亡命です
 そして、夏候覇が亡命先に選んだのが、亡父の仇であるところの蜀だったのです。
 これが249年ことで、夏候覇はもう中年になっているころでしょう。
 彼は命懸けで蜀の山道を越え、ようやくの思いで魏を脱出したのです。

 さらにややこしい話になるのですが、蜀には夏候覇の親戚がいました。
 蜀の皇帝、劉禅の妻です。
 どういうことかといいますと、蜀が建国するはるか以前、劉備の手下だった張飛は、散歩途中にある娘を見つけ、一目で恋に落ちます。そこからが無茶苦茶なのですが、彼はその愛しい娘を略奪し、無理やり(かどうかは謎ですがかなり強引に)妻にしてしまいます。実は、それが夏候淵の娘だったのです。つまり、夏候覇の姉か妹ですね。
 で、張飛とその娘の間に生まれた女の子が劉備の息子の劉禅の妻となっていたので、夏候覇はつまり、蜀の皇后の従兄弟、ということになるのです。
 ややこしいですね。

 そんなわけで夏候覇は、蜀の臣として祖国である魏と戦う羽目になってしまいました。
(蜀は慢性的な人材不足だったので、亡命してきた皇后の従兄弟といえども、使えそうなら戦に駆りだすのです)
 
 どうです?
 ドラマチックでしょう?!
 
 偉大な父を持ち、輝かしい出世街道を歩みながらも、天の配剤としか思えぬ不運により敵方に亡命し祖国と戦わざるを得なくなった悲運の武将……。
 そのダイナミックな人生はテンプレートな好漢が多い後期の三国志においても異質です。
 複雑な人間模様と葛藤に溢れた物語は、ジョン・ウーが赤壁の次に映画にしたっていいくらいです

 ところが! 
 彼の人生はここから突然パッとしなくなってしまいます
 史書に記述が全然無くなってしまうのです! ここからが面白い所なのに!

 辛うじて、255年、魏との戦いに出て、王経という(これまたパッとしない)武将を撃破したことが伝えられるのみで、蜀でどういうポジションだったのか、何年にどういうかたちで死んだのかもわかりません。
 他の人物の史伝から「おそらく259年までには死んでいただろう」と推測できるだけなのです。

 なぜこんなことに?!
 はっきり言いますが、彼ほどドラマチックな人生を歩んだ男は、魅力的な人物が数多いる『三国志』にもなかなかいません。
 そんな彼の人生がなぜこんなにぞんざい?!

 可哀想だろ!

 と僕は思うのです。
 メジャーな人物になってもらいたい! と思うのです。
 一応『三国志演義』では、最後の戦いで姜維を庇って戦死するという見せ場があるんですが、それでは足りません! もう主役級で活躍してしかるべきだと思っているのです! 

 幸いにもコーエーのヒットシリーズ『真・三國無双6』ではプレイアブルキャラクターに選ばれました。イケメンです。
 ようやく彼にも風が吹き始めたのです!
 これを機にもっとメジャーになってもらいたい!
 この人の人生を皆にもっと知ってもらいたい!
 皆に夏候覇をもっと好きになってもらいたい! 
 統率は90くらいあってもいい! 武力は80後半は欲しい! ついでに魅力は…まあ70くらいですかね
スポンサーサイト

テーマ : 歴史小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

熊谷雑文組合

Author:熊谷雑文組合
熊谷雑文組合運営のブログです!皆で書いてたりします★
◆メンバー(このブログの執筆者達)
小竹大樹…隊長的な人
朽葉…ネットランナー
善浪栄一…目が死んでる
萌兄…イラスト係兼、メイド狂
環俊次…2次元ジゴロ
加糖コージ…中学二年生
きのこ汁子…ドール愛好家
など。

最新記事
カテゴリ
カレンダー
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
月別アーカイブ
Twitter
カウンター
ご意見、ご感想

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
コメント
トラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

デジタル書房
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。