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アニメ「日常」と僕等の「非日常」


皆さんもテレビアニメ「日常」は見てますよね?萌兄も見てますよ。あの番組で一番面白いのは、京アニショップの宣伝ですね。京アニってセンス抜群なのに、京アニショップのロゴが普通すぎてダサいのが良いですよね。

ええと、何でこんな事、急に言ってるかと言うと、この前ツイッターに……
『「日常」の中では、我々にとっての非日常が、彼らにとっての日常として画がかれているんだけれども。奇しくも震災で非日常が日常に成ってしまった東日本では、それは割と現実と虚構を超えた、メタな文化的テーマとして語られるべきだと思うんだ論』を、まだ見ないから、やりたい人はやりなよ。的なツイートしたのに、誰も構ってくれなかったので、自分でやろう!と言う事です。

さて、アニメ、若しくは漫画の「日常」は主人公達にとっての日常がただ淡々と描かれているだけの、日常を描いた作品です。

ただ、日常と言っても、彼等にとっての日常であって、僕等にとっての日常じゃ無い、それだけです。例えば、アンドロイドの家政婦を作って暮らしている博士が幼い女の子だったり、ヤギで登校している高校生が居たりしますが、彼等にとってはそれが日常なので疑がったりはしません、疑ったり、おかしいなと思ったりするのは画面を見ている、現実の日常を生きている視聴者だけなのです。なので、基本的にギャグ漫画ですが、突っ込み役は基本無くて、ボケ倒し系の作品です。(ただし、一部突っ込む事もある。)

で、この漫画のような形式を確立したのはあの有名な吉田戦車先生で、萌兄も高校の頃からファンです。その代表作の「伝染るんです(うつるんです)」は、奇妙な生物や人々が、僕等とは違った価値観の中で暮らす様子が、4コマという媒体で寸劇のような感じで描かれています。日常よりさらにシュールでボケ倒しがハンパ無い作品です。なので、日常は普通の人の口にも合うように、適度にネタを緩くして、萌キャラなどを加えて、口当たりを良くした、「伝染るんです」的な漫画と言えます。

こういった作品は、宇宙人の日常生活を見てるような感じの作品と呼ばれる事が有ります。僕等とは全くちがう価値観の人々の普通の言動は「楽しくて不安」という一種の娯楽に成りえます、吉田戦車先生も、読者が不安になるように描いていると漫画のあとがきに書いていたりします。

余談になりますが、たぶん、大航海時代の西洋人も同じような気持ちだったのかもしれません。新しい大陸で、自分たちとは全く違う体格や顔や肌の色の人が、これまた自分達とは全く違う暮しや文化や芸術をはぐくんでいる。その常識のズレに惚れこんで、ゴーギャンとかは南米に移住し、エキゾチックな絵を描いていたのかもしれません。それは戦後はよりアカデミズムな形で行われ、昨年無くなったレヴィストロースなどの研究もそういった、自分達とは違った日常から学んで、何かを形にするという行為だったのだと思います。

さて、話は戻しますが、テレビアニメ「日常」が京都アニメーションによって製作され、放映されたの2011の四月。そしてその少し前、奇しくも2011/3/11に大地震が起こり、僕等の生活はかなり日常とはかけ離れた物に成っています。

アニメ「日常」は、僕等の日常が何時までも、日常のままであるという後ろ盾があるからこそ、そこのギャップが楽しいわけです。でも、僕等の方の日常が先に非日常に成ってしまったわけで、しかし今は将に本当は画面の中だけが「非日常」であるべきなのに、画面の外も今は「非日常」に成っています。

なんていうか、3/10までの事を考えると色々懐かしく思える感情を最近感じている人は多いと思います。萌兄もそうだし。ちょっと前までは、震災で沢山の人が死ぬ事も、大都会で停電が起こる事も、放射能がとんでくる事も、魔法少女まどか☆マギカの11、12話がまだ放送されてない事も、多くの人が想像できなかった。

甲殻機動隊や東のエデン、東京マグニチュードとか、僕等の日常や生きている街の「もしも」の日常が、少し形は違うけれども現実に成りつつある訳です。

これは、お話の世界だから「楽しくて不安」な日常が、僕等の世界までやってきてるって事ですよ。アニメ「日常」の冒頭でも急に大爆発が起きて、ステーキ肉とかが飛んでくる場面有りますが、そんな事より大変な「ズレ」が僕等の日常にはもう出来上がってしまっている訳です。で、原発問題も続いているし、被災者の方はあまりにも大きな被害でまだ復興への見通しが立ってないし、テレビでは毎日、津波で町が流される映画みたいなVTRが流されて、誰もがそれを現実として受け止めている。僕等の非日常は、震災から1カ月たっても現在進行形です。

これから、日本が前みたいに回復出来るかも解ったもんじゃないし、本当の意味で復興が完了するのは何十年も多分かかるし、原発問題なんて、下手すりゃ僕等が死んで、子供や孫の代まで引きずるかもしれない。全部が一応解決されるまで、僕等の非日常は続く訳です。そうなると残念ながら僕らの残された人生には、2011/3/10以前の日常はたぶんもうやってこない。だから懐かしくなる。

別に物ごとを悲観して、煽りたくてこういう事を書いてるんじゃなくて、現実的にそうなってる部分はあるし、そういう可能性は絶対あるわけです。もしかしたら隕石が飛んできてもっと大変な事に成るかもしれないし、また戦争とかが起こるかもしれない。日常はかくも壊れやすい物だったと、萌兄も最近はちょっと痛感しています。。

だから、僕はアニメ「日常」を見ると少し寂しくなります。このアニメを本当の意味で楽しむためには、テレビの向こうとテレビのこっちの日常の差がちゃんと無いとダメなのだと……僕等が僕等の日常を取り戻さなきゃならないのに、それはもしかしたら、僕等が生きている間には出来ないかもしれない。
ただ、2011/3/10までの日常が正しかったかどうかは大いに疑問がありますね。だから原発問題とかも起きてるんだろうし。だから僕等は3/10以前の日常に戻す事を目標にしちゃいけないと思います。地震があったら、全部壊れてしまうような日常じゃ駄目なんです。そう、もっと頑丈な日常を作らなきゃいけない。その為には何をすればいいんでしょうか?

そんなのは良く解りません。ただ3/10までの日常を牛耳って、それによって甘い汁を吸ってきた、人達には出来ないはずです。彼等は3/10以前の日常しかみていない、彼等はその復活だけを見ている。で、今回(4/10)の選挙でもそう言う人達が沢山受かってしまった。でも今見なきゃいけないのは、3/11以後に作らなきゃいけない日常のはずなのにです。

でもそれが何なのか解らないんですよね。解らないけど、これは初めての事じゃ無いのも事実。さっきもゴーギャンやレヴィストロースの話をしましたが、大航海時代や世界大戦以降の時にも同じ事が有って、違う日常の中で新しい日常を模索すること、そして、もっと丈夫で、美しい日常を、非日常をぶっ飛ばしてこの世界に作は出来るという証明を人類はしてきました。

だから、そんなに悲観しなくてもいいかもしれません。

まあ、でも、そんなたいそうな事言っても、具体的にどうすればいいか解らないのは事実だし、今の所、萌兄クラスのアニメマニアなら、女の子キャラの可愛さだけでもアニメ「日常」を100パーセント楽しめるので、困ったもんだと思わなくもないですが。

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テーマ : アニメ
ジャンル : サブカル

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