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『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』

『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~

 第一話 ①

走る。ただ疾く。何も顧みることなく、前へ。
 宗美を阻むものはいなかった。誰も彼の姿を目に映すことはなかった。
敵陣が近付く。全力疾走の為か、或いはこの後に控える任務の重圧の為か、心の臓が踊る。
まだ敵に気付かれてはいない。宗美は敵陣に向けて速度を上げる。
すると、その瞬間を見計らっていたかのように、斜め後ろから球が飛んできた。球は目の前で一度跳ね、そのまま吸いつくように宗美の足元に収まった。
宗美は球を敵陣に向かって大きく蹴り出す。
ここに於いて敵はようやく自分の存在に気付いたようだった。吃驚しながらも敵が向かってくる。
久しく遠ざかっていた戦場の気配に肌が泡立つ。
目標が近付いた。ここまで来れば外さない。
そして宗美は、左足を強く踏みしめ、思い切り球を蹴り飛ばした。
  
                  *

齋藤宗美(むねよし)は忍者である。
21世紀の現代でそんなことを言うと大抵は鼻で笑われるか、可哀そうな目で苦笑されるか、いずれかであるが、事実そうなのだから仕方がない。
齋藤家は房総地方に土着の忍者集団・久留里忍軍の筆頭中忍として忍の技を伝えてきた。そして忍は現代に於いても、政府や企業の諜報・情報操作などにその技を振るっている。ほとんどの人間は知らない。だが忍者は聖徳太子の古来よりこの国の歴史の裏で暗躍していた。無論、現在に至るまでである。
そして宗美は、今日、齋藤家を受け継ぐ。

「宗美……まことによいのか」
「無論。兄上が出奔せし時より、齋藤家を継ぐのは私の役目です」
 春めいた日差しの心地よい日であった。宗美は季節の変化を、障子を通して部屋に注がれる柔らかな光で知る。4月から始まる新たな人生にも、希望が満ちているような気がした。
 ここ数年で一気に老けこんだ父は、宗美をじっと見つめながらやや躊躇いがちに言った。
「正直、お前には済まないと思っている。宗隆さえおれば、高校にも通わせてやれたというのに」
 いや、全ては俺のせいか。宗隆のことも、俺がもっと気を付けるべきであった。父はそう言って深いため息を吐いた。
 歳の離れた兄・宗隆の存在は、まだ父にとって大きなものなのか。兄のことを想うと宗美の心は重くなる。中学を卒業したばかりの宗美を齋藤家の次期当主に据えることは、父にとっても断腸の思いであったに違いなかった。宗隆さえ健在であれば……。それは父のみならず、一族皆が心のどこかに抱いている思いである。それほど、宗隆の忍としての才能は群を抜いていた。だが……。
「……これより、お前は齋藤家の次期当主として本格的に忍の世界に入る」
「心得ております」
「最早、人並みの人生を歩むことは許されぬ。忍として、主君の為に生きねばならぬ。わかるな」
「望むところ」
「本当によいのか? 学校では部活などもしていたようだが……」
「よいのです。それに私は結局、普通の学生生活には馴染めませなんだ」
「……宗美、久留里の頭領はまだ若い。お前のことも目を掛けてくれる。一人前の忍として、しっかり経験を積むのだぞ」
「は」
 宗美に迷いは無かった。兄が家を出ていったその日から、覚悟を決め、修行を初めていたのだ。
 宗隆は、18になった5年前、突如として齋藤家を出奔し抜け忍となり、父は兄を勘当せねばならなかった。まだ子供だった宗美に詳しいことは知らされなかったが、忍としての人生に嫌気が指したとか、女が出来たとか色々言われていた。
何も言わずに、全ての責任を放り出して去って行った兄。宗美にとっては腹立たしい存在でしかなく、反面教師として宗美の責任感を過剰なまでに育てた。
(あんなに……俺には決して届かぬ程に忍の才に恵まれておりながら……)
 現に、宗隆は父や久留里忍軍の放った追手を悠々と撒き、現在に至っても消息は知れない。
「宗隆と違い、お前は辛抱強い。それは忍には不可欠な才だ。必ず、兄を超える忍になろう……」
「父上……」
 宗美には、兄程の才は無い。父も皆も、それは知っている。だが後継者の出奔により齋藤家は針の莚となってしまった。早めに後継者を決め、忍軍の頭領の下に送らねばならなかったのだ。まだ若い宗美の歳を想えば苦渋の選択と言ってもよい。だが、それでも父は宗美を信じてくれた。宗美にはそれが嬉しかった。
「ふ、宗美、最早何も言うまい。お前に我が忍の技を……」
 父がそう言いかけた時、廊下の方からどたどたと足音が近付いてきた。何やら大きな声も聞こえてくる。
 襖が荒々しく開けられ、父に使える下忍が慌てた声で信じられぬことを叫んだ。
「御屋形様! 大変です! 宗隆様が! 宗隆様が……」
「何!?」
 次の瞬間、下忍を押しのけて懐かしい姿が部屋に踊りこんだ。

「親父! 俺だ、宗隆だ! 今還った!」
 兄だ。宗美も父も呆気にとられているうちに、宗隆は父と宗美の間に割り込み父に平伏する。
「父上、不詳、宗隆、ただ今修行の旅より戻りました! 何卒! 再び宗隆を齋藤の末席にお加え下され!」
 何を! 何を言っているのだこの男は! 宗美の血液が一瞬で煮えたぎった。この期に及んで何を言うのか! 全ての責任を俺に押しつけて逃げ出したくせに、今更!
 父は、なぜか何も言わない。
 その視線の先を見ると、兄に寄り添うように女性が部屋に入って頭を下げている。美人だった。だがそれ以上に、女性の腕に抱かれた赤子に目が奪われた。
「許してくれとは言わない! だが、妻と息子の為に頭を下げる! どうかこの子らを受け入れてもらえないか! 後生だ! 俺は何でもするから!」
 父は、相変わらず呆けた顔で兄と兄の嫁、そして兄の息子と思われる赤子を順繰りに見やって、声を出そうとはしない。
 宗美はこの瞬間、自分の人生がまたしても兄によって大きく変えられてしまったのだと悟った。

               *

結局、父は兄を許した。
 決め手となったのは、やはり兄の子だった。父にしてみれば孫であり、これで齋藤家は確実な存続をみたわけだ。
 兄は齋藤家と久留里忍軍を出奔し抜け忍となった後、都内のある企業でサラリーマンとして働いていたという。やがて伴侶を得た宗隆は、自ら企業を志した。しかし忍と違って、宗隆には商売の才は無かったと見え、たちまち破綻。少なくない借金を抱え込んだ。
 そんな折、妻が妊娠し、出産。金銭的に八方ふさがりになった宗隆は、自ら捨てたはずの家を頼るしかなかったのだ。
 父は兄を再び齋藤家の一員として迎えることを決意した。前科があるから今すぐに、というわけにはいかないが、いずれは齋藤家の跡目を継がせることは明白だった。宗隆の過去を洗っても、間諜の危険は無く、本当に窮しているだけだということが知れたのも父の背中を押した。
 いや、何より父は、老いていたのだ。自らの衰えに気付いていた父は、忍としての才に溢れ、また後継者となるべき孫もいる兄の方を選んだのだ。

「今まで済まなかったな、宗美。だがこれからは俺がいるぞ。心配はいらん。お前は、自由に生きろ」
 宗隆はそう言って、宗美の肩を叩いた。
 兄には言いたいことが山ほどあったはずなのに、宗美にはなぜか、罵ることも出来なかった。
「もう家に縛られることはない。高校にも行ける。ホラ、お前、あれだ、サッカー上手かったじゃねぇか。サッカー部入りゃモテるぜー! まだ若いんだしよ、青春を謳歌してこい!」
 兄はそう、無責任に言う。
 中学を卒業してすぐ久留里忍軍への就職が決まっていた宗美は、当然、高校受験などしていない。教養は必要最低限だ。今から高校など、行けるはずがないではないか。
 宗美に残されているのは、いつか兄が齋藤家を継いだ時にその部下となるべく修行を続けるか、中卒で働きに出るか、それくらいだ。なぜそんなこともわからないのか。
「兄上は、勝手だ!」
「だからそれは済まん。黙って出ていったのも悪かったと思っている。だがこっちにも事情ってもんがあったんだ。わかってくれ。な? それにお前も、心の底では忍の仕事になぞ縛られたくなかったんだろ?」
「! そんなことは……」
「よう! ムネタカ、久しぶり! 帰ったって聞いて顔見に来たよ。ソウビもおっきくなったねぇ!」
 宗美の怒りを遮るように、一人の女が姿を現した。
「おう、コマか! 久しぶりだなぁ」
 氷上駒子。宗美の従姉弟で、幼い頃は姉貴分としてよく遊んでもらった。
「何、デキちゃってたんだって? そんで親父殿に泣きいれたんだ」
「ああ、そうなんだ。家内も紹介するよ」
 駒子は兄と同い年で幼馴染だから、遠慮もへったくれもない。駒子の遠慮のない言葉に、宗隆は苦笑して頭を掻く。だが随分と楽しそうだった。
「……で、ソウビはあぶれちゃったんだ? 可哀そうに、お前のせいだぞ」
 駒子はそう言って宗隆を蹴り飛ばし、宗美を見つめる。
 決して美人とは言えないまでも、すっかり大人の女となり、凛としたその視線に、宗美は一瞬どきりとする。
「サッカーは続けてる?」
「……ええ」
 宗美の答えを聞くと、駒子は微笑を浮かべ、なぜか宗美の手を握った。
「え? 何? 何すか?」
 冬が過ぎ春を迎えるその日、宗美の人生は闖入者の存在により大きく動き出した。
 
                         《続く》
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