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『久留里忍法帳外伝~わくらばっ~』 第一話其の五

久留里忍法帳外伝~わくらばっ~

第一話 其の五


 勝負事に関わる者のほとんどが、一度ならず経験することがある。
“挫折”――。
 もう二度と、それに目を向けることの出来ない程の衝撃を、この世界では誰もが経験する。それを知らずに済むのはほんの一握りの天才だけ。そしてその天才は、大多数の凡人に挫折を経験させる側の人間でもある。
 彼の挫折は、言ってしまえばありふれたものだったのかもしれない。彼の場合も、自分の実力が遠く及ばない、どんなに努力をしても辿り着けないところにいる人間を目の当たりにしてしまったのが原因だった。
 彼が膝を折ったのは、決して恥ではない。その挫折が彼の人生を卑俗なものに貶めるわけでは断じてない。
 だが、自分には到底届かないと知りながら、やるだけ無駄だとわかっていながら尚、生き汚く立ち上がる者がいるのも、また事実である。
 何度打ちのめされようとも、どれだけ己の存在を否定されようとも、何度でも再び立ち上がる、否、立ち上がらずにはいられない者達。
 或いはそういった者たちだけが、遥か高みにいる天才と拮抗し得るのかもしれない。そういった者たちだけが、天才すら見たことのない領域に行くことを許されているのかもしれない。

「やあ、負けているね」
 グラウンドで行われている試合を前にしても、土屋はのんびりとそう呟いたのみであった。見付け次第早急に連れて来る筈が、初めて気配を悟られいつのまにか土屋のペースに巻き込まれた宗美は、「部室に荷物あるから寄ってっていい?」という土屋に従い、ようやくグラウンドに辿り着いた時には、試合も前半終了間際となっていた。
「遅ぇよ! 何やってたんだよ!」
 案の定、駒子からの叱咤が飛ぶ。
「いやぁ、今日だとは思ってなくて……」
「今日だよ! ちゃんと連絡しといただろう!」
「あー、榊が生徒会行くって言ってたからなー、それでちょっと勘違い」
「この野郎、あとで憶えてろ……そしてソウビ! ソウビは何処!」
「ここにいるじゃないか」
 ストレッチをしながら土屋が指をさすと、人影に隠れるようにバツ悪げな宗美が姿を現した。
「だからあの男は厄介だと言ったろう! ふん縛って連れてくりゃよかったんだ」
「……しかし、土屋さんは、俺の技を見抜きました」
「あ?」
「いえ……何でも。申し訳ありません」
「……まあ、済んだ話はいい。それよりも今は試合だ」
 試合は現在前半30分を過ぎたところ。1対0でリードされている。
「10分にカウンターで一点失った。それからずるずると相手ペースだな。何とか修正したいが……篠原、どう見る?」
 駒子が問いかけたのは、ベンチに座って頬杖を付きながら不貞腐れたように試合を見つめる篠原武史だった。連れてこられた時からはだいぶ落ち着いたようだが、依然として理不尽な運命に巻き込まれたことに変わりなく、その瞳には諦念の色すら見える。
「なんで俺に聞くんすか?」
「いいじゃんそれくらい。ずっと見てただろ?」
「……別に、そういうつもりで見てたわけじゃないすよ」
「あ、彼も新入部員? いいガタイしてんね」
「俺は新入部員じゃ……サッカーなんて……」
「ああ! もう、イライラするな!」
 思わぬ大声が隣のベンチから聞こえた。びっくりしてそちらを向くと、武史は一瞬ドキリとした。
(可愛い……)
人形のように整った顔がこちらを睨んでいた。マネージャーだろうか、ジャージに身を包み、ショートヘアーの前髪をヘアバンドで纏めている。大きな目と長い睫毛は、機嫌悪げに歪んだ顔でさえ美しく見せていた。
「さっきから何だよお前、文句ばっかり言って。そんなに嫌ならとっとと帰ればいいじゃないか」
 しかしその口から発せられたのは思わぬ毒舌だった。
「な……お、俺だって来たくて来たわけじゃねぇよ!」
「じゃあ何でおとなしく見てるんだよ」
「そっ……それは……お前アレだよ……」
 何故? そんなの決まっている。しかし今それを認めてしまったら、俺は……。
「だから、言ったじゃないか、お前は本当はサッカーしたいんだよ」
しどろもどろになっている武史の耳元で、駒子が囁いた。
「正直になろうや、な、篠原。お前だってこの試合展開を歯がゆく思ってたんだろ? 自分ならどうするだろうって考えながら観戦してたんだろう?」
「監督、もういいですよ、こんなうじうじした奴チームに入れたって足手まといです」
 足手まといだと! マネージャーのくせに、選手の、俺の何が分かるというんだ! 武史は思わず立ち上がっていた。
「ふざけんな! さっきから勝手なことを! たとえ俺がサッカーに未練があろうが、こんなチームにゃ絶対入らねぇよ! だいたい何だよさっきからずるずるずるずるディフェンスライン下げやがって! カウンタービビってんじゃねぇよ! この程度のレベルのチームなんざこっちから願い下げだ!」
 武史は鬱憤を晴らすかのように一気にそうまくし立てた。
「お前らに……俺の気持ちなんて……」
「よし! お前ら、篠原はディフェンスラインが悪いって言ってるぞ、どうすりゃいいと思う?」
 だがそんな武史の叫びなどどこ吹く風と、駒子はベンチメンバーに問いかける。
「な、おい、無視すん……」
「はい」
「はい寺田」
 真っ先に手を挙げたのは、武史を叱責したマネージャーと思しき美人だった。
「確かにディフェンスラインが下がってるのは事実だけど、それは、相手の10番が中盤でボールを受け取った後の寄せが甘いからです。だからゆっくりボールキープされたまま他の選手の上がりを待たれてしまう。ラインも押し込まれる」
「でも、失点の後、ラインは下がったし攻められっぱなしだけど点とられてないすよね」
 さらに横から口を挟んだのは、ひょろりと足の長い部員だった。
「点取れなきゃ意味ないだろう」
「だから、守備は安定しているんだからディフェンスライン自体はいじらないで中盤のプレスを……」
「その前に俺はフォワードが前に張り過ぎなのが気になる」
「ていうかパスミス多くね?」
 気付くと部員たちが次々に駒子の周りに集まり、喧々諤々の議論となっている。
(これは一体……)
 自分が今までいたチームの雰囲気とは全く違う。控えの選手やマネージャーまでもが、先輩も後輩もなくこんなに好き勝手発言出来るのか。
「驚いた?」
 議論の方は部員達に任せて、駒子は呆気にとられている武史に話しかけた。
「これは一体……」
「これがうちの強み。たしかにお前の言うとおり、うちの選手は、個々の能力では大したことがない。だがそれでも勝てるチームを作る。それが私の目標だ」
「どういうことだ……」
「お前は、今の日本のサッカーに足りないものは何だと思う?」
 フィジカルや高さがネックだなんて言われていたのはもう昔の話だ。テクニックの面でも、日本のレベルは既に海外のトップクラスと比べても遜色ないところまで来ている。
「では何が足りないのか?」
「何が……?」
「戦術理解だ。それも育成段階でのな」
「戦術……それは、よく聞くけど……」
「今、プロになる一番の近道は何だ?」
「そりゃあ、ジュニアユースからユースに上がって、それからトップチームに……」
「そう。それにお前も経験があると思うが、トレセンから上がっていくというパターンもある。だが実際に、今現役で活躍している選手はそのコースに入っていない者も多い。何故か。それは結局ユースやトレセンが、個々の技術の向上を主眼とした機関だからだ」
 それはそうだ、ユースチームがどれだけ勝つかより、トップチームで使える人材を引き上げる方が大事なんだからな。トレセンにしても同様だ。
「だがテクニックの上限なんてすぐに見える。所詮は人間。どんなテクニックを持っていようと、サッカーがチームスポーツである以上、チームとしてどう動くかの意識が明確でなければ、その能力を100パーセント引き出すことは出来ない。逆に言えば、選手の能力が低くても、チームとして纏まっていれば勝てる」
「……」
「私はそういうチームを作りたい。そして日本のサッカー界を変える」
「…………はぁ?!」
 黙って聞いていた武史だったが、流石に素っ頓狂な声を上げざるを得なかった。この女は一体何を言っているのだ。それまでの理屈はわからないでもない。だが一気に話が突飛な方向へ進み、武史は目の前の女が一瞬何を言っているのかわからなくなった。
「実はこのチームにいるのはな、お前がさっき言ったエリートコースから炙れた連中ばかりなんだ」
 理由は、まあ色々だ。その能力が指導者に理解されなかった者、チームや指導に馴染めなかった者、のっぴきならない事情でチームを抜けざるを得なくなった者……。
「そんな連中が、だ、無名の高校に集まって全国の強豪たちを倒していくんだ、面白そうだろう?」
「そ、そんなの、無理に決まってる! だって、そんなこと出来る奴ならまず炙れない……」
 そこまで言って、武史はハッと当たりを見まわした。「炙れた」当の選手たちが、議論をひとまず終え駒子と武史の会話に聞き耳を立てている。
「あ、あんたらも無理だって思うだろ……? そんな、世の中甘いもんじゃないし、もっとずっと上手い奴なんてゴロゴロいるし……」
「アホかお前」
 上級生と見られる猫背の男が、武史を見上げながら、実に不思議なものを見るような目で言った。
「だから、そいつらを倒しでもしなきゃプロにゃなれんだろ? 最低でも選手権出場くらいじゃなきゃ、俺らごとき見向きもされんぞ」
 いかにも当然であるかのような口調だった。俺がおかしいのか。いや、断じて違う。違うはずだ……。
「篠原君、って言ったっけ?」
 ぽん、と武史の肩に手を置いて、遅れてやってきた土屋という男は言う。
「順序が違う」
「順……序?」
「出来る出来ないはひとまず置け。まずは目標をぶち上げるんだ。それから、そこに行くためには何が必要かを考える。それが道理というもんだ。違うか?」
「あ、あんたの目標は何だよ……?」
「俺のいるチームがCL優勝」
「無理だ! げ、現に今、練習試合でさえ負けてるじゃないか!」
「これから逆転するさ」
 ね、コマちゃん? と土屋が駒子を振り向く。駒子はにやりと笑って言った。
「無論だ。後半から大幅にメンバー入れ替える! 前半見てお前らが指摘した部分を修正出来れば、絶対に勝てる!……篠原、本当に無理かどうか、お前も試してみろ」
 駒子は言い終わると、武史に紙袋をポンと投げて寄越した。中を見ると白黒の縦縞が入った上下揃いのユニフォーム。
「あ、スパイクはマネージャーに言いなよ、確かお前くらいのサイズの余ってたと思うから」
 いいのか、サッカーして、諦めなくて本当にいいのか……。
 武史の溢れそうな思いが、渡された紙袋をぐしゃと握り込んだ時、前半終了のホイッスルが鳴った。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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