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『久留里忍法帳外伝~わくらばっ~』 第一話其の七

『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』
 
第一話 其の七


 中盤の底から長いボールが左サイドを目がけて飛び過ぎていく。
 糸を引くようなその機動を途中まで目で追いながら、寺田匠は敵のディフェンダーと競り合いながらボールの落下地点まで駆ける。
 フィールドに落ちたボールはバウンドしながらタッチラインへ向かう。そのまま切れればディフェンスの勝ち、拾うことが出来れば匠の勝ちだ。
 これは切れる、と競り合う二人が同時に思うほど、タイミングはギリギリ、いや、普通に考えれば余程の俊足でなければタッチラインを割るようなロングボールだ。ディフェンスが途中で追うのを諦めたとしても無理のない話であった。
 だが、それでも匠はボールを追う足を緩めなかった。もしこのボールをキープ出来れば、敵陣にディフェンスが戻り切らない状態でカウンターが成立するのだから。
 まさにタッチライン上を通り過ぎようとするボールに向かって、匠は足を投げ出す。しかしその足はボールには届かない。突如後ろからユニフォームを引っ張られた匠は、スライディングに行く姿勢のまま仰向けに地面に転がった。
 ホイッスルが鳴り、主審がディフェンスのファウルを告げる。
 よし、もうけた。倒された痛みもそこそこに、匠は自分を引っ張り倒した当のディフェンスの手を借りて起き上る。へっ、ビビりやがって。あのまま追いかけても、追い付ける可能性なんて低かったってのによ。
「……女みたいな顔しやがって」
 悔しげに匠に背を向けたディフェンスがぼそりと呟いた。その負け惜しみを、ふんと鼻を鳴らして聞かなかったことにすると、匠はボールを7番の土屋に預けて敵のディフェンスラインに近付いていった。
 
 5人も選手を入れ替えたのだから当然と言えば当然だが、後半に入って葉倉のリズムは大きく変わった。
 具体的には、前半よりちぐはぐになった。それはそうだ。替わったうちの4人は経験の少ない一年生。まだ練習にも参加したことがない者も加わっているとなれば、スムーズな連携を期待する方がおかしいのだ。
 前半羽賀高に押し込まれながら何とか攻撃を凌いでいたディフェンスラインは、新たに入った一年の田中が高い位置を取るために乱れ、そのためにディフェンス陣は前半よりも走り回ってお互いをケアしなければならなかった。
 中盤は中盤で連動性のない行き当たりばったりの拙攻、よって必然的に前線に残ったワントップも孤立しがちであった。
(でも、ボールは前半よりも奪えている)
 自らも左サイドに張っている寺田匠は、味方と同様に、相手のペースも狂っていることに気が付いていた。
 前半、ボールをキープして溜めを作っていた10番が早めに球を手離さざるを得ない。それはまさしく、ボランチの篠原のしつこいマンマークに遭っているからだ。10番が直接切りこめない分、芳賀は中盤でパスを回しながら仕掛けどころを探さなければならないのだが、前半より高い位置で積極的に動き回るようになったディフェンスとさらに一列前を自由に動き回る篠原の存在でスペースが消えたため時間もかかればパス成功率も下がる。
 葉倉のリズムがあからさまに悪いために羽賀の変化はあまり気にならないほどであったが、しかし確実に、前半よりもゴールに近付きつつある。
「よーしご苦労。いい根性だ」
 後ろから背番号7番、2年の土屋が声を掛ける。この男が、葉倉では主にフリーキックを蹴る。
葉倉の後半からの変化、それは取りも直さずあの男、後半から中盤の底に入った、あの背番号7番の功績が大きい、と匠は見ていた。
 確かに多くの選手が交代し、連携はちぐはぐになった。だがそれでも何とかチームとして形になっているのは、土屋が長短のパスでバランスを取っているからだ。
 不思議なパスだった。柔らかで無理がなく受けやすい。そして、自分が欲しいと思っているところの、一歩分前に出してくる。それが不思議としっくりくるのだ。土屋はあまりピッチを走り回る選手ではない。1、2タッチでさっさとボールを捌いてしまうから目立ちもしない。しかしこちらがパスを出したい時には必ずと言っていいほどパスを出しやすい場所にいるし、パスが欲しいと思っている時には、まさにここぞというところにパスを出してくる。
 だから自然、土屋にボールが集まるようになっていくし、このチームのペースは土屋が作っていると言っても過言ではないのだった。

 土屋はフリーキックを前線には蹴らず、近くに居たキャプテンの上原にショートパスを送る。そして上原がワンタッチで土屋に返すと、そのままダイレクトで前線に張っていた背番号9、3年の椎名にロングパス。
 体勢の整わないまま打った椎名のシュートはミスキックとなったが、葉倉の攻撃が徐々に形になり始めていた。
「あー、寺田君っつったけ?」
「はい?」
 自陣に戻ろうとする匠に、土屋が話しかけた。まだゲームは中断していないにも関わらず、全く緊張感のない声だった。
「次のプレーで、一点取るよ。君はさっきみたいに全力でサイドを駆け上がりな」
「はあ……」
 呑気なくせに嫌に断定的な土屋の言葉に、匠は一瞬呆気にとられた。
「そこの二人守備しろ!」
 篠原の怒号が匠の思考を現実に引き戻したが、土屋はふらふらと意図のよくわからない位置に歩いていくだけだった。

 齋藤宗美は焦っていた。
 後半が始まってから全くゲームに絡んでいなかったからだ。
 土屋の言いつけを守って、彼がボールを持つたびにに右サイドを上がってはいたものの、土屋が宗美にパスを送ることはなく、葉倉の攻撃は専ら左サイドを中心に展開していくのだった。
 果たして本当に土屋の言った通りの展開になるのか? 疑心に駆られながらも土屋の動きに合わせて右サイドを駆ける。逆サイドでは選手達の声が響き、砂埃が派手に舞っている。どうやら味方の選手がシュートを放ったようだ。盛り上がる逆サイドを尻目に、右サイドには誰もおらず、そこはかとない疎外感が急激に宗美を襲った。
 中学時代、その影の薄さ故に、忍の本能故に全くと言っていいほどボールが回って来なかった記憶が蘇る。
 左サイドに選手が集まる中、右サイドは宗美一人だ。こんなにスペースが空いているというのに、相手もまるでチェックを入れようとしない。
 俺は、結局いつまでもこうなのか。駒子の期待にも応えられない、中途半端な忍のなり損ないなのか。
 今からでも、自分でボールを取りに……。
 そう思いかけた時、篠原が相手選手からボールを奪い、再び土屋にボールが渡った。
 宗美は無意識のうちに前方に走り出す。忍の習性として、一度下された命に体が反応してしまうのだ。
 ここで俺が走ることに何の意味があるのか。疑いは持ちながらも、走らずにはいられない。忍であることはこうももどかしいことなのか。今だって、宗美のことなど誰も気にしていない。相変わらず右サイドには広い広いスペースが……。
(あれ、なんでこんな……)
 いくらなんでも、これはスペースが空き過ぎではないか? 葉倉の攻撃が左に偏っているったって、警戒くらいはするだろう。もし今、宗美にボールが渡ったら、簡単にゴール前まで陥れられる程ではないか。
「ソウビ!」
 宗美がそう気付いた瞬間、土屋が叫んだ。
 反射的に、宗美のギアが一段上がる。前傾姿勢になり、瞬時に全力疾走の体勢に入った。
 後方から、その場にいる人間の視線が移動する気配を感じると、宗美が走るその先に、ボールが転がってきた。
 まるで宗美の走力を完全に把握しているような、ドンピシャのタイミング。
 ほとんどトラップする必要すら感じないほど優しいパスが、全力疾走を続ける宗美の足元にぴたりと収まった。
 一瞬、ゴールの方向を見る。やはり、誰もいない。
 カウンターであったこと、羽賀高の選手たちの意識が左サイドに向いていたことが幸いしていた。或いは、そう仕向けていたのか。
 だが宗美の頭の中は既に真っ白だった。速く、ただ速く。自分が『疾る』ということそのものになっているような気がした。忍者としての修行中、命の懸った状況でも感じた不思議な高揚感。前方には彼を阻む者はおらず、宗美はペナルティエリアに容易く侵入する。
 視界の端に必死で駆けもどる相手ディフェンスの姿を捉えたが、もう届かない距離だ。
 誰にも邪魔されることはない。相手のゴールキーパーが前に出てくると、宗美はシュートの体勢に入る。
 所謂ドリブルシュート。サッカーを始めたら初期の段階で習得する基本中の基本だ。ディフェンスもいない、ゴールにも近い、こんな状況なら決められない方がおかしい。
 左足を踏ん張り、右足を振り抜く。フェイントも何もない、極めてシンプルなシュート。弾道は最後の足掻きに手を広げたキーパーの横をすり抜け、しかしネットを揺らすことは無く、ニアポストに盛大に衝突した。

 誰もが呆気に取られた。
 いや、正直に言えば、誰もが最初に頭に浮かんだのは疑問符だった。
「あれ、誰だっけ?」
 と。
 羽賀高の人間にしてみれば「あんな奴いたっけ?」であり、突然ピッチに闖入してきたのではないかとすら思われた。
 その謎の男が、初心者でも外さないようなドリブルシュートを外したところで、状況を把握して頭の中の疑問符を除去するのに手いっぱいで、反応など出来はしない。
 そんな中、ただ一人、そのセカンドボールに反応した男がいた。
 葉倉の9番、3年の椎名。
 後半からはワントップとして常に得点のチャンスを伺っていたこの男にとって、シュートを外したのが謎の男であろうが何だろうが関係なかった。
 即座にゴール前に詰め、ポストに当たって跳ね返ったボールをダイレクトにゴールへと放り込む。謎の男にディフェンスの目が引きつけられたおかげで、何とも楽に奪ったゴールだった。
 これで同点。
 ゴールを決めた椎名は、結果的にアシストとなるシュートを放った謎の男を探したが、男の姿を見つけることは出来なかった。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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