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ソ連の崩壊とオタクの崩壊の奇妙な相違点についての考察

今回はちょっと長いです。

夏です。暑いです。しかし、夏はイベントの季節!!萌兄自身は基本的に「祭」的な物がだいたい肌に合わないというがあるのでイベントが苦手な上、だいたい有名なイベントは季節の過酷な時期にやるので、割と体の弱い萌兄はそういう部分でも若干夢中に成れない部分はあります。

よく考えると、小学生の時とかも、ふだんおとなしくて、祭りのとき少しはしゃいだだけで風邪をひいちゃう子供とかいるじゃないですか、そういう感じかもしれません。

オタクをやっていると、夏と言えばナツコミとか有るわけです。そうでなくても秋葉原は年中祭り状態ですが・・・んでよくそういう所に行くと、オタク仲間や友達が「ここは落ち着く」的な発言をしたりするわけです。

萌兄も高校生とか大学生前半の頃のまだぎらぎらしたオタクだった頃はそういう感覚がありましたが、最近はそういう感覚がどんどん遠い感じに成ってきています。これは自分としても少し意外なのです。秋葉原に行くにしても別に「ただ行き慣れた街」「買い物が便利な街」というくらいで、それ以上の感情が浮かばないし、コミケに行っても昔ほど特別な感慨が無いのです。

どうしてそうなったのか?そういう事を今日は自分なりに、オタクの末席にある者として考えていきたいとおもいます。小学生の方はこのブログをコピペして夏休みの宿題にしてもいいかも知れません。



さて話を整理しましょう。要は萌兄はオタクなのに、世間で言われるオタクの聖地の様な所に行っても普通な場所にしか思えなかったりイマイチ乗れなかったりする事が今回のテーマです。

じゃあそもそもオタクって何なのだろうと・・・たぶん昔からオタクという言葉が発生する前からオタク的な趣味が好きだった人は大勢いると思います。オタクの歴史とか定義は岡田斗司男氏を筆頭に、社会学者の方々が散々語っているので割愛しますし、割とウィキペディアの「オタク」の頁が簡潔に書いている感じです。

オタクという言葉が定着した頃のオタクは模型にも電子工作にもSFにもオーディオ関係にも、漫画にも、アニメ、鉄道とか、メカにも詳しい割とサブカルチャー全般の文化人的な立場の人々だったと思います。そして其処まで排斥されてなかった・・・ただ、いろんな事件とかでマスコミが煽りたてて「オタクはキモい!」という印象を世間に付けた。それによってオタクは世間から苛められる時代を迎えます。そして何もしていないのに弾圧され始めた彼等は同じオタク同士で世間に対抗する為に(無意識のうち)団結していたのだと思います。

萌兄も高校時代や大学時代前半・・・つまりゼロ年代前半まではそういう空気が有ったし、オタク例えどんなジャンルのオタクであってもオタク同士、一応仲間的な妙な親近感がオタク内で充満していた気がします。そしてその空気の凄く濃いのがアキバとかコミケ会場に充満していて、僕等もそれに酔えていたという気がします。

しかし、オタクの中身はそれ以前にどんどん変わっていっていたのです。最初はサブカルチャーを知り尽くした文化人的なオタクがオタクの主戦場に居た事は事実だと思います。しかし、ルネサンス以前の学者がダビンチのように百科全書的に学問に明け暮れていたのに、ルネサンス以降は様々な物を内包していた哲学から自然科学が別れそれも色々分裂し、哲学の社会科学的だった部分は社会学や心理学などにどんどん分割され今の様な括りで様々な学問が分割、それに伴い専門化し高度に発達していったわけですが・・・

それは逆に一つの学問が非常に緻密に成る事でもあり、内容も比べ物に成らない程増加し、そのため世の中ではいくつもの学問を専門的に習熟する事は困難に成っていきました。それはオタクの社会でも同じで趣味が細分化、さらに進化しオタク文化を横断的に知りつくす事は非常に困難に成ってきていると思われるのです。

しかもオタクは基本的に何かを極めるのが好きなので生半可な事を嫌う傾向がる場合があり一つの分野の習熟には多くの財産と時間と労力を必要とします。それが更に多くのオタク趣味を網羅する事を困難にします。たぶん全てのオタク趣味を網羅しようとするには、人間の寿命は既に短すぎるのです。

逆に色々割り切って、広く浅くオタクをするという事も出来ますが、オタクの社会ではその分野に特化した強烈なマニアがその分野ごとに集団的にイニシアチブをとっているという傾向が有るので、何となく、少しだけ足を踏み入れるというのが、外から見ると、しづらいし、排斥される傾向があります。

これは、常連客だけが居る居酒屋に近い状態で、中の人が実は良い人達で、初めての人にも優しい場合も有りますが、外から見る分には一見さんにはすごい入りずらい雰囲気を醸し出している的なニュアンスだと思います。

なので、今のオタクは、オタクはオタクでも凄く何かの分野に特化されているオタクで、全員が全員ゲームマニアでは無いし、アニメ観る訳でも、同人誌を読む訳でもプラモデルを作れる訳ではないのです。その辺の事を一般の方には実はちゃんと理解してほしいと萌兄は少し思っている部分が有ります。

そして、こんな具合にだいぶ早い段階で同じオタクの間でも、実は様々な趣味の分派に根本的に分裂した状態に成っていたと思います。でもゼロ年代半ばまではオタクは世間からかなり白い目で見られていた。共通の敵が居た訳です。それぞれの分野のオタクがバラバラに戦っていてはヤバいんじゃないか?という危機感が少しあったように感じます。

萌兄も出身が千葉なので、千葉の高校は他の都道府県に比べてヤンキーとギャルの構成比率が圧倒的に高いので、自分でオタクだと自覚しているオタクは、どんな分野のオタクでも団結していないと生きていけないという感じがあり、そういう不安感から集まったオタクの集団の中でお互いの趣味の内容を教え合う的な感じで横断的な知識も入る余地はあったと思います。

しかし、ゼロ年代後半ですっかりオタクへの偏見というものがそれまでに比べると非常に小さく成り、オタクが「オタク同士で団結しなきゃ死んじゃうかも感」が急速に失われます。そしてインターネットなどの情報化の発展により別に物理的に近い趣味の合わないオタクとつるむよりネット上で趣味の合うオタクとだけ話せばいいんじゃないの?という風潮も広がってゆきます。

これは米ソ冷戦の構図に近いです。冷戦当時は西側に対抗して、東側の国家はソ連を中心としてかなり強い団結を迫られた。しかし冷戦の緊張が弱まって来て西側に攻撃されないと知ると、蜘蛛の子を散らすようにソ連の周辺国、衛星国は社会主義を辞めて、ソ連自体も崩壊してしまった。危機感によって団結していた社会は、その脅威が無く成るといとも簡単に分離独立してしまうのです。

そういう前例に対して無意識の危機感を持って行われたのが2005年に行われた全国統一オタク検定試験だったのだと今の萌兄は思います。当時は電車男(は2004年に出て来た)などのアキバブームの頃で、一般人が多く流入した時期でもあったので表向きはオタク文化やアキバブームに乗っかってという感じでしたが、その内容は、所謂オタク文化の殆どに精通した岡田斗司男氏の嘗て定義づけた様なオタクとしての素質が試されるもので、その頃には、既にそういった嘗てのオタク像にあまり意味が無く成って居たのか二回だけの開催に終わりました(2回目の途中で主催会社が倒産したので、合格発表は1回目だけだった)。

そしてオタク文化の分離独立の波が更に加速します。これは2005年くらいの萌兄の状態を思い反した、主観的な考察に成りますが・・・嘗てソビエト連邦の様に無理やり連邦制を組んでいたオタク業界の中にも、明確に『主流派』と、どっちかというと蔑まれている派みたいなものがあったように思います。旧ソ連で言う所の、スラブ人と他の少数派民族的な感じです。

で、本当に主観的な感想ですが、その頃、ソ連で言う所のスラブ人の位置にはコミケを中心とするムーブメントが並んでいたとも居ます。その辺の経緯はかなり歴史的な事に成ると思うので、萌兄自体は上手く説明できないですが、嘗て十代とか二十歳そこそこだったオタクの萌兄の目線からはそういう風潮が観て撮れました。男のオタクは同人誌をコミケとか虎の穴で買ったり、深夜アニメみて、声優や作画スタッフの編成について色々言ったり、エロゲ―やったりするのが主流と見なされていたし、女子のオタクはBL同人誌に興味が無いと駄目みたいなノリがある意味強要されていたというか、皆知らないうちに受け止めていた時代です(まあ、萌兄は最初から異端児でしたが・・・)そういう中で、鉄道オタとかガチな模型好きとか、自作PCマニア、ドール者は少数民族で憂き目にあっていた感じが無きにしもあらずだったと思います。

しかし、暫くしてオタク連邦が崩壊します。鉄道はオタク業界からちょっと距離を取って、鉄子や国内旅行ブームに乗っかって、オタク連邦とは違う場所に新しい立場を作って独立してしまいましたし、奇しくも秋葉原にあった鉄道博物館が移転する事で、決定的にオタク連邦とは袂を分かった感が有ります。

模型好きもプラモデル自体あんまり売れない・・・という事はこのブログでも前に触れていますが、最近はテレビや漫画で観た人気のあるキャラクターを単に立体化する事よりも、模型好きが好きそうな物を独自に取り上げて立体化する傾向があるし(バンダイは別だけど・・・)、自作PCは普通に流行って無いので、本当に好きな奴しかやらないという感じに成って、アキバブログでもあんまり自作PCの話題がのらなくなったのを見ると、逆に旧オタク連邦の領土からはじき出された感じかもしれませんが・・・

ドールも、アニメキャラなどのタイアップ商品は頻繁に出ますが、ドールショーなど見てみても、一般的なビスクドールなどの人形の業界や手芸や小物を作っている立場の人々との交流の方が活発に成りつつあります。

逆にメイド喫茶や大型店進出でアキバは観光地として一般人の受け入れに積極的で、オタク業界は内部からの人員の流出と外部から一般人の侵入で文化的に形を保てなく成って居ると思うのです。これは一種グローバル化と似ている構図ですね。

そんなわけで、冒頭でふれたように、例えば今コミケに行っても、そこは同人誌オタクの祭典であり、嘗てのような「オタク全員の祭典」という一体感のある空気が急速に弱く成ってきているように萌兄は感じるし、逆に各オタクの分派が主催しているオンリーイベントや、ホビー系イベントは、その道にガチな人々が集まり異様な覇気を感じます。秋葉原も観光地化され、以前の様なオタクの聖地的な空気は希薄に成り、ドールなどの業界では地方に有力な店や聖地的な物が作られる場合も有ります。

ただ、オタクの中心として同人誌やゲームやアニメがイニシアチブを明確にとれなくなったからと言って、鉄道好きの中にもアニメ好きな人はいるし、ドールもやるけどおなじくらいゲームもやると言う感じでオタクは基本的に兼業している人も多いです。だから、業界として分離していても個人の中では近い物に感じる場合が多々あるので、直ぐに全てがバラバラになって、様々な別の共同体に吸収されていくという事は無いと思います。しかし、それは僕がまだ若干古いオタクだからなのかもしれません、ものごころ付いた時から、距離も関係なく自分と同じ趣味の人とだけ交流できるインターネット時代の子供達は、オタクだからと言って、別の分野のオタクとも仲よく成ると言う事は少ないかも知れません。大学のサークル活動が低迷している事も、様々なオタクが同じ部室で話す事を減らしていると思いますし、もしかしたら萌兄がもっとオッサンに成る頃には様々なオタク文化が全く関係ない所に点在している状態に成るのかもしれないです。

まあ、それでも別に良いと思います。昔みたいに大勢で熱狂する事は困難に成るでしょうが・・・萌兄は元々そういうの好きじゃないし、今は昔に比べて、どんな系統のオタク間に序列も無くて優しい社会に成った気がするのでそれで満足です。

という感じで、萌兄はあんまりオタクの祭典とかに酔えない事は解っていただけたでしょうか?しかし、ここからは純粋な私の感情の吐露に成ってしまいますが・・・萌兄自身の問題はここからで、萌兄は変に真面目な所があるので、皆が愉しんでいる所で、オタクの祭典だぁあああああって盛り上がってる所で、体質的に盛り上がれない癖に、その盛り上がれない事に対して、空気を悪くしてしまっているんじゃないかなぁと申し訳なくなってしまう事が多々あるのです。

萌兄は一応オタクの端くれ、創作活動している者のはしくれ、なので付き合いとか、その他の色々な事も有るのでイベントには参加しています。でもずっとその最中「ちゃんと一緒に心から盛り上がることが出来なくて申し訳ない・・・申し訳ない・・・申し訳ない・・・」と思っているのです。なので、ばったりイベントで萌兄に会って辛そうな顔をしていたら、外で東京湾を眺めながら芝生の上でラム酒でも飲みませんか?とハバナクラブ7年でも掲げながら誘ってあげて下さい。それだけで萌兄は貴方に恋が出来るんですから。それはとても素敵な事じゃないですか!
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テーマ : オタクの私生活
ジャンル : サブカル

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