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『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の三

『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の三


「齋藤さ、パスが欲しいんなら、ちゃんと主張しろよ。声出すとか、パスもらいやすいとこに自分で行くとか……」
「ああ、うん……ごめん。一応、声は掛けたつもりだったんだけど……」
 練習が終わった後の夕食時、武史はテーブルの対面に座る齋藤宗美に毒づいた。齋藤は相変わらず茫洋とした顔でメンチカツをパクついている。
 この男が「忍者」であることは、監督から聞いた。信じ難いことではあるが、その忍者の技で気配を気取られないようにしているのだという。現に齋藤は全く存在感が薄かった。そこに確かにいるはずなのに、誰も齋藤の存在に気付かない。今だって対面にいるとわかっているから話しかけられるのであって、ちょっとでも目を話し齋藤から意識を逸らそうものなら、いとも容易く見失ってしまうのだ。それが、パスもドリブルも未熟な齋藤が異彩を放つ理由であった。だが……。
「敵に気付かれない……ってんなら、スゲェ特技だと思うよ。でも味方にも気付かれないんじゃ、お前ピッチにいる意味ないだろ」
「篠原、言い過ぎ」
 武史の隣の席の寺田匠がぴしゃりと釘を刺す。練習を終え髪留めを外すと、女のような、というより女以上に女らしい可憐な顔立ちになってしまう寺田は、その顔に似合わず――或いは似合ってか――辛辣な物言いを常とし、その綺麗な顔で凄まれると大抵の人間は何も言い返せなくなってしまう。
「自分が上手く行ってないからって齋藤に当たるんじゃないよ」
「あ、当たってねぇよ!」
「折角気合入れて坊主にしたのに空回りだもんねぇ」
「違う! これは……けじめ、みたいなもんだ……」
 武史は春先に染めた金髪を刈って丸坊主にしていた。不良の姿のそのままサッカーに打ち込むなど、武史には出来なかった。誰も気にしないのに、と駒子はじめ部員達は笑ったが、篠原武史という男は実のところ根が真面目なのだった。

「篠原はプレーの判断が遅いよ」
それはこの合宿が始まってからずっと監督に言われ続けていることであった。もともと守備的な選手であって、ボールを奪った後は自分の仕事は終わるものだと思っていた。だが監督が要求するのは、ボールを奪った後のプレーのことだった。それがなかなか難しい。どうしたらいいのかと考えているうちに、持ち前の思い切りのいい守備まで翳りを見せ始めているような気がした。
 俺はこのままでいいのか、監督のやり方は本当に正しいのか、再びサッカーを始めたのは間違いではなかったか……。
 様々な負の思いが頭の中で渦を巻き体の動きまでちぐはぐになっていく悪循環。苛々が募り、つい自分の不調を他人のせいにしてしまう。
 だが武史が齋藤宗美という男に苛付いているのはそれだけが理由ではない。
「俺には……土屋さんがパスくれるから」
「ていうか、土屋さんしかパス出せないんでしょ、お前に」
「でも、監督がそれでいいと言うなら、俺はそれでいい。そうするだけだ」
 ふ、とテーブルの空気が冷えたような気がした。これだ。この変に確信じみた齋藤の態度。疑いの一つも持たず、ただ監督の言うがまま。齋藤はまるで自分の意志が欠落しているようだった。
 これが忍者というものなのだと言われれば武史としても頷くほかはないが、ここは時代劇の舞台ではない。高校のサッカー部なのだ。サッカー選手なら、いや、高校生なら多かれ少なかれ漏れなく持ち合せているはずのエゴを欠片も見せず、無表情で淡々とプレーしている齋藤を見ていると、武史は無性に苛立った。
(楽しいのかよ……そんなんで)
 気持ちが悪い、などとは思いたくなかったが、それでも齋藤のことが全く理解出来ない。いや、わかっている、寺田の言うとおり俺は自分の苛立ちを齋藤にぶつけているのだ。心機一転のつもりで髪まで刈ったというのに情けない。だが……。
「宗美さま、お醤油がこぼれております」
「ああ、本当だ。すまない千代」
「わたくしのハンケチを」
「いや、俺のタオルがある。どの道これから洗濯に出すんだ。君のハンカチを汚す必要はない」
「はい。お心遣い、有り難う御座います。宗美さま」
 いや、やはり訂正しよう。確かにこの男は苛立たしい。正確には齋藤と、その隣にいる女。さっきから努めて目に入らぬようにしていたが、やはり直視できない目障りっぷりだ。カップルのようにいちゃつくでなし、かわす言葉も少なめだが、その距離感の絶妙さたるや、部内一のプレイボーイである三年の椎名をして「入り込めない」と言わしめた程である。

 女の名は稗田千代。一年生で、齋藤宗美より三日遅れてサッカー部にマネージャーとして入部した。
 飾り気の長い黒髪にくりくりと愛嬌のある丸い瞳。背も低く、線も細い。スポーツよりは華道や茶道の方が圧倒的に似合う日本人形のような愛らしさを持つ千代の入部に、部員達は沸き、我先にと声をかけた。しかしそう時を待たずして全員が落胆する。千代は齋藤宗美の許嫁であり、千代が入部したのも齋藤を追いかけてのことだということが判明したからである。
 「許嫁」なんて今どきあるものなのか、と武史は変に感心した憶えがあるが、それはともかく彼女のいない者がほとんどのサッカー部にあって二人の存在は完全に妬みの対象と化してもおかしくなかった。
 それがそこまで軋轢を生まなかったのは、齋藤の存在感の薄さに加え稗田の齋藤に対する献身ぶりが部員達に諦めの感情すら覚えさせる程のものであったからだ。

 ――何にしても……。
 この男を見ていると、苛々する。
 稗田千代は先輩マネージャーが「仕事がある」と連れて行ったので、武史は改めて齋藤の顔を見た。武史の言葉にもそう動揺した風ではなく、稗田の献身も、さも当然であるかのようにさらりと受け入れているように、武史には見えた。
サッカーにしろ許嫁にしろ、理不尽にも程がある物事を、この男はあまりにもあっさり受け入れ過ぎている。一度自分の才能に絶望しサッカーから離れ、髪を染めたり煙草を吸ったり柄ではないことにまで手を出し、足掻いた経験のある武史からすれば全く理解が出来なかった。
(お前は何がしてぇんだ? プロになりてぇのか? それとも本当に、監督を国立に連れてくって、それだけの為にサッカーしてんのか?)
 何がしたい? 何の為に? どうなりたい?
 そう、大事なのはそこなのだ。問題はその問いが、他ならぬ武史にも突き付けられていることだ。武史にもまだ答えが出ていないことだ。
「まだ食ってる奴早く食えー! もうすぐミーティングだぞー!」
 先輩の声が食堂に響き、武史は思考を止めた。そうだ、明日は練習試合。こんなことで迷っている暇はない。
 武史は急いで夕食をかき込む。ちらと対面の席を見る。そこには既に齋藤の姿はなく、食器は既に片付けられた後であった。
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