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『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の六

『久留里忍法帳外伝~わくらばっ!~』 第二話 其の六


「舐められてる気がしますね」
 試合前の練習の合間に、寺田匠が言った。
「まあなぁ。そりゃ天下の市天と無名の俺たちだもんな。相手はアピールの場、くらいにしか思ってないだろうよ」
 念入りにストレッチをしていた椎名が諦観混じりに答える。
「相手が油断してるならそれにこしたことはないじゃないか。出来れば最後まで舐めていてもらいたいもんだ」
 欠伸混じりに如何にもやる気が感じられない台詞は土屋だ。今日も先発メンバーのくせに気だるげな表情を隠そうともしない。
「土屋さんはそれでいいんですか」
 寺田は思わず声を荒げる。すぐに熱くなるのは悪い癖であり、それが守備向きではないとは知りながら、それが寺田匠の本性であることもまた事実だった。
「まあまあ寺田君、土屋の言っていることももっともだ。僕らの今の実力は、相手の油断に付け込んでようやく五分五分に持っていける、といったところだ。違うかい?」
 寺田と土屋の間にゆるりと割り込んだのは、二年の榊だった。サッカーを始めたのは高校に入ってからで、一年は彼が試合に出ている姿を見たことがない。しかしそれでも今日の先発。寺田の得意としていた左サイドのミッドフィールダーとして背番号11を背負っている。
「だから出来るだけ序盤、相手がまだ僕らのことを舐めているうちに仕掛ける。それが常道だろう。ミーティングの時監督も言ってたけど、同じ高校生だ。必ず隙はある」
 端正な顔でそう言う榊には、学校では生徒会の副会長を務めるだけあって理路整然とした説得力が自然に備わっている。現にその穏やかな笑顔の初心者に、場の全員が耳を傾けている。
「尤も、ずっと舐められっぱなしというのも面白くないけどね」
「よっしゃ! 奴らに本気出させて、一軍を引っ張り出してやろうぜ!」
「一軍は今日来てないんだよ、松っちゃん」
 試合を前にした緊張感が、ふと和らいだような気がした。だがその中に、一人だけ心ここにあらずといった顔をしている男がいるのに寺田は気付いた。
「篠原、どうした?」
「あ……ああ……」
「何かあったのか?」
「……お前、昨日さ、稗田に何か言われたか?」
 コワモテの大男に似合わぬ神妙そうな顔で篠原は聞いた。
「マネージャーに? 特に何も」
「俺は……お願いされたよ。齋藤の……『友』になってくれって」
「どういうこと?」

 昨夜遅く、篠原武史はあまり寝付けなかった。翌日の試合のこともそうだが、合宿に入ってからこっち満足行くプレーが出来ていないこともあって、考え込んでしまっていたのだ。武史がトイレに立ったのは、単にもよおしたからではない。少しでも気を紛らわせたかったのだ。
 常夜灯が付いているとはいえ、合宿所の廊下は暗く薄気味が悪かった。ぺたぺたとサンダルを鳴らしながら廊下を歩いていると、ふと窓の外から物音がしたような気がした。
 窓の外はグラウンドに面しているが、当然電灯など付いてはいない。辺りには合宿所の他に建物もなく、完全に闇に包まれている。その闇の中から、音がする。てん、てん、とん、時折がん、と金属を叩くような音。ああしかし、あの音には聞き覚えがある。何か、そう、ボールでも蹴っているような。サッカーの練習でもしているような。もしや、いやまさか……。
「宗美さまです」
 想像をめぐらしている背後から気配も無く女の声がして、武史は心臓が裏返るほど驚いた。思わず情けない声を上げてしまいそうになるのを何とか堪え振り返ると、音も無く武史の背後に立っていたのはマネージャーの稗田千代だった。薄暗い常夜灯の下では、彼女の姿は呪いの菊人形のような妖しさを纏っており、武史の心臓はしばらく収まらなかった。
「ああやって毎晩ひとりで練習しているのです」
「い、いやしかし……こんな真暗な中で……」
「忍びです故、夜目が効かねば勤まりません」
「なるほど……?」
 窓の外にいくら目を凝らしても齋藤の姿は見えない。ただボールの弾む音だけが、彼の存在を告げている。
「でもどうしてこんな夜中に?」
「自分は下手糞だから、と宗美さまは仰いました。だから練習するしかない、それに誰も自分にパスを出せないから、ひとりで個人技を磨く他ないのだと」
 確かに、齋藤の技量はさほど高くない。ドリブルもシュートも十人並みと言っていい。足は速いがボールの扱いがそれに付いて来ていないという感じだ。それに、プレッシャーに弱いのかどフリーでもちょくちょくシュートを外す。試合中ほとんど気配を消していられるというのは、奇襲をかけるには最適でありその点では長所であるが、その奇襲も確実に決めることが出来なければ、齋藤は単に存在感の薄い十人並みの選手として試合から消えっぱなしということになる。
「まあ確かに、土屋さん以外だと練習にならんのだろうが……」
「はい。ですから皆様のご迷惑にならないよう、このような時間まで」
「迷惑って……」
 齋藤だけではなく、葉倉のサッカー部員には「下手糞」は多い。もともとがエリートコースから炙れてしまったような選手ばかりのチームである。当然、炙れるからには理由があるもので、一芸には秀でるがとんでもない欠点があるとか、そんなやつらの寄り集まりが葉倉というチームの実情である。従って各々、自分で足りないと自覚している部分は自主錬という形で補填するのが通例だ。練習が終了した後もほとんど全員が居残りで練習しているもので、武史も毎回それに参加しているのだが、そう言えば齋藤の姿は見たことがない。或いは、皆が気付かないだけで実は居たのか。
いずれにしても、齋藤が土屋以外の誰にも見付けられない以上、その輪の中に入ることは出来ない。
 だからお前はたったこうして一人で練習するしかないのか。お前はずっと、こうして一人で……。闇の向こうに確かにいる、しかし決してその姿を見ることの敵わない男。武史にはただ闇を見つめ続けるしかない。
「……篠原さま」
 窓の外を見つめてまんじりともしない武史に、稗田が言った。
「お願いが御座います」
「お願い?」
「宗美さまの、友となって頂きたいのです」
「どういう……意味?」
「そのままの意味です。宗美さまには友と呼べる方がおりません。幼き頃より忍の修行に明け暮れ、その忍の習性故、普通の方は誰も宗美さまと近しくなれませんでした。だから、篠原さまたちには宗美さまの友となって頂きたいのです」
 そう、「戦友」に。稗田はそう言って、真っ直ぐに武史の目を見つめた。この女は、こんなに強い眼をしていただろうか。武史はその眼に押されたような気がした。
「……俺たちも、その、『普通の人』だよ。あいつのこと、よくわからないし、気付いてやれない」
「しかし、一緒にサッカーをするのでしょう?」
「あいつにパスを出せるのは土屋さんだけだよ。土屋さんに頼めばいいだろ?」
「土屋さまでは、宗美さまは傅くだけでしょう。篠原さまや寺田さま、対等な友が必要なのです」
「でも友達なんてのは、誰かに頼まれてなるものではないだろう。それに……あいつには」
 その先を言おうか言うまいか迷ったのは、それが齋藤に対するやっかみに他ならないとわかっていたからだ。しかし、ああ、言ってしまえ言ってしまえ。土台忍者なんて存在が理不尽極まりないところにもってきて、忍者の嫁もわからないことを言うのだ。俺のような凡人が関わり合いになれるような人間ではないではないか。
「あいつには、君もいるじゃないか。俺なんかが、あいつにしてやれることはない」
「私では駄目なのです!」
 不意に大声を出した稗田に、武史はたじろいだ。この女の激しているのを初めて見た。
「私では、宗美さまの助けにはならない! 宗美さまの孤独をいやすことは出来ない! 私は……あの人にふつうに笑って欲しい、好きになって欲しい! でも……でもそのためには、友が必要なのです! 忍としてのあの人ではなく、あの人そのものを見てくれる人が!」
 こぼれ出そうになるものを必死に抑え込むように、その声は震えながらもなお激しく、それ故に美しかった。
「だから、私は……」
 あの人に、笑ってサッカーをしていて欲しい。今のままでは駄目なのです。
(そりゃあ、そうだろうよ……)
 だが俺に何が出来るというのだ。あいつの存在に気付けもしない俺に。一緒に試合に出たって、パス一つ出せやしないのだ。いやそれ以前に、俺は自分のことでもう一杯一杯なのだ。
 しかし、だから無理だとは、武史には言えなかった。稗田千代という女の眼が、武史のそれなど及びもつかぬほどの強い意志で、体のデカイだけの情けない男を見つめていたからだ。
「……わかったよ。努力してみる」
「ありがとうございます」
「けど、そういやどうしてアンタは、齋藤の居場所に気付けるんだ? まさかアンタも忍者なのか?」
「いえ、私は特に。ただ、宗美さましか見ていないだけで御座います」
 真顔でさらりと言い放つ稗田。その横顔は、確かにもう闇の中の男にしか向いていなかった。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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