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『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の十五

『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の十五


「越智は石田に代わって右サイドバック。ただし守備的になる必要はない。むしろガンガン上がっていい」
「はい!」
「で、ソウビ……ソウビは……」
「ここに」
「あ、そこか。ソウビは百瀬に代わって右ね。百瀬のいた位置よりもっと前目にいること」
「は」
 失点をしたばかりだというのに、駒子はさして動じていないようだった。淡々と、むしろ楽しげにも見える気色で交代の二人に指示をしている。
「監督は、こうなることがわかっていたのですか?」
 宗美は思い切って駒子に聞いてみた。宗美達が交代を指示され準備をしている時に失点。流れを変えるための交代ならばタイミングとしては良すぎるくらいだ。
「ソウビから質問なんて珍しいね」
「は」
「うーん、わかってたっていうか、まあ、うちは一点を器用に守り切って勝てるようなチームじゃないからね。どこかで失点は覚悟してた」
「覚悟……」
「それに、考えようによってはここで点を取られておくのも悪くない」
「それは、どういう……」
「そこ交代するなら早くして!」
「あ、はーい! よし行け!」
「は、はっ!」
 審判に急かされて宗美と越智がピッチに入る。足の裏の芝生の感触と共に、ピリピリとした戦場(いくさば)の空気が肌に刺さる。
「あれ? 葉倉は二人交代でしょ? 早くもう一人入って!」
「もう入ってますよ!」
 宗美の存在に気付かなかった審判に、間抜けにも大きな声でアピールしなければならなかったが。

 そこからの展開は、両者ともにハイスピードの攻め合いだった。
 市天が赤川の突破と小宮のポストプレー、そして三島のスルーパスで葉倉ゴールを脅かせば、葉倉は上原を起点として椎名が上手くディフェンスの背後を突く。互いのキーパーにファインセーブが飛び出したために得点こそならなかったが、もうどちらに転んでもおかしくはない。
 だが、試合時間が残り少なくなるにつれてボール支配率を高めていったのは、市天の方だった。
 試合経験の差か、名門の意地か、いずれにしても得点の気配が漂ってきている。
 鯨崎はハーフタイム以前と見違えた彼らの姿をベンチから驚嘆混じりに眺めていた。
(変われば変わるものだ)
 あれが今朝のやる気の無いBチームか。しっかり声も出し合っているじゃないか。ああ、あの目を見ろ、あんなに真剣にボールを追いかけている奴らを見るのはどれくらいぶりだろう。
 奴らにもわかったのだ。あの敵を倒すためには、自分たちは何かが足りないのだと。その足りない何かの為に、今Bチームなんぞに落とされているのだと。そしてその何かを、今、試合の中で見付けようとしている。
(監督の意図は、これか……)
 市立天橋高校サッカー部は名門だ。全国各地から有望な才能が続々と集まってくる。そんな才能たちが、互いにポジションを、レギュラーを争っていく。そのうち、彼らは気付く。才能にもピンキリあり、自分はおそらく、キリの方に含まれるのだということに。自分など足元にも及ばぬ天才がこの世にはおり、自分は単なる井の中の蛙に過ぎなかったということに。
だが、諦めながら生きるのは、人間には辛い。ましてや彼らは高校生。ただ単にサッカーが上手いだけの、少年でしかない。
 だから見て見ぬふりをする。自分に力が無いのではない。ただ他人が足を引っ張っているのだ、周りの人間が俺に合わせないのだ、不慮のアクシデントがあったのだ、ああ、それさえなければ自分だって……。
かくして彼らは名門の後光と自分より劣った人間がいるという虚栄を心の支えに、ただ漫然と生き残ることだけを目的にしていく。
鯨崎は、そんな選手をもう数え切れないほど目にしてきた。いや、正直に白状するなら、かつては彼自身がそうだった。だからわかる。彼らの気持ちは痛いほど。彼らのそれを弱さだと断じられるほど、鯨崎は欺瞞を駆使出来る人間ではない。
だが、それでも鯨崎が彼らを叱咤せずにいられないのは、そんな生き方を選べば、いつしか摩耗してしまう感情があることを知っているからだった。
「勝ちたい――」
 あいつに、あのチームに……。喉を掻き毟り、天を仰ぎ、涙さえ枯れ尽くして尚、決して満たされることのない飢え、渇き。
それは勝負事において最も純粋で根源的な感情。その欲望を前にすれば、才能の多寡や諦めの感情など些事だ。本当に「勝ちたい」とそれだけを希う時、プレイヤーはその力を最大限引き出すことが出来る。
 今のBチームの連中に、雑念はない。理由は簡単だ。そうでなければ勝てない。そういうチームを相手にしているのだ。
(ああ、いいチームだ。向こうの監督の話によれば創部三年目ということだが、成熟度はかなり高い)
 なるほど、技術的なことなら市天のBチームにも及ばないが、個々のプレーの判断は高校生とは思えないほど早い。作戦が最初から決まっているふうでもない――対戦相手を今日初めて見たのだから当然と言えば当然だが――にも関わらず一プレー一プレーに明確なコンセプトが存在しているように見えるのだ。即興的でありながら、見事に互いが連携を取ってみせる。勿論まだ発展途上のものなのだろう、拙いミスも多いが、それを補って余りある連動性を持っている。
(これは、末恐ろしいかもしれん……)
 鯨崎がううむと唸りかけたその時、葉倉の8番がセンターサークルの手前でボールを奪取した。そして8番は、奪ったボールを間髪入れず右サイドに大きく蹴り流す。
「あ!?」
 鯨崎は、思わず声を上げてしまった。
 ボールは後半から右サイドに入った背の低い13番の走っていく先へ……。
 問題はそれが、もう完全に、言い訳のしようもないほどに独走状態だったことだ。13番が走り始めた時、誰も彼に注意を向けている人間がいなかったことだ。
 なぜ? なぜ誰もマークしていない。あんなにわかりやすい抜け出しだっただろうが!
 オフサイドは、無い。
 ようやく13番の背を追いかけ始めたBチームの姿を、鯨崎は自身も狐につままれたように呆然と眺めていた。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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