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みんな大好き三国志

 土曜の朝にやってる『SDガンダム三国伝』がえらい面白いです。
 三国志の物語を思いっきりシンプルにして、少年向けにわかりやすくしながら、三国志のファンもぐっとくるように作られていますし、何より作ってる人たちが本当に三国志好きなんだなぁってことが画面越しに伝わってくるようで、毎週楽しみにしています。

 「三国志」は、物語としてみるならたいして面白いものでもありません。魅力的なキャラクターは中途半端なところで次々死ぬし、大どんでん返しがあるわけでも、救いがあるわけでもありません。
 それでも三国志が人気なのは、ひとえに登場人物たちの魅力でしょう。紀伝体という叙述方式の賜物ですが、話の本筋とは別に、個々人のエピソードが無数に補完できるのですから、想像力がかき立てられることこの上ないですね。カップリング論争も起ころうってもんです。
 
 さて、三国志を歴史としてみるなら、これほど異常な状況はありません。同時期に皇帝が三人いる、という状況は、中国の歴史上でも例のない異常事態なのです。
 何故、こんなことが起きたのでしょう。
 私は三国志にふつうに詳しいだけで、専門家でも何でもありませんが、ちょっとした推理をかますことくらいなら許されましょう。
 鍵となるのはこの男、そう諸葛亮孔明です。

 私は長年疑問だったんですけど、孔明って何者だったんでしょう。
 軍略家としてそれほど優れていたわけでもなく、政治家としてははっきり言って曹操の二番煎じでした。劉備のもとには、軍事の方でも政治の方でも、孔明以上、或いは孔明に匹敵する才能はわりといたのです。にも拘わらず、孔明だけがもてはやされる。不思議な男だと言わざるをえません。
 そこで私は考えました。彼は、軍略家でも政治家でもなく、「思想家」だったのではないかと。

 孔明は劉備の死んだあと、魏を相手に「北伐」を何度か戦っています。しつこいくらいに繰り返されるのですが、だいたいは失敗に終わります。
 しかし、蜀は天嶮の地でした。物語中でも「険しい」「険しい」「険しいんだこの野郎」ともう唯一のアイデンティティのように言われ、現に蜀がほかの国にアドバンテージを持てるとしたら、その「攻めにくさ」くらいだったのです。
 ここが結構重要なのですが、孔明は何故、そこで守りを固めず、わざわざ魏に攻め入ろうとしたのでしょう。
 
 現実問題として考えるならば、孔明は魏を倒すために「北伐」を決行したわけではないように思います。
 まずもって、蜀の国力では不可能だったと言ってよいでしょう。ここの戦闘で勝利することは決して難しいことではなかったでしょうが、戦線を維持し、拡大させていこうとすると、蜀という地理的要因がネックになります。
 先ほども言いましたけど、蜀ってのは天嶮の地なのです。敵が入り込みにくければ、味方だって出ていきにくいのです。
 たとえば長安を占領しようとすると、成都から漢中を経由していくことになりますけど、いかんせん遠すぎます。補給も連絡もコンスタントにやるには難しい。占領はできるかもしれないけど、維持ができないのです。
 
 では「北伐」の真の目的は何か。
 一言でいえば「お約束」です。

 蜀が建国したのは「魏によって奪われている漢帝国の権威を復活させる」というものでした。ということは、蜀は魏を倒さねばなりません。だから孔明は、嫌が応でも北伐せねばなりませんでした。魏と戦わない蜀に存在価値などないのですから、無理をしてでも戦わねばならない。しかし現実的に、蜀に魏を倒すだけの力はありません。
 そこで孔明は、何年かに一度出兵して、魏と戦って、丁度いいところで勝ち負けをうやむやにして戻ってくる、ということを続けたのです。

 ここから、孔明の「思想」が少し見えてきます。
 孔明は何がしたかったのか。それは、「天下」「国家」という言葉の定義を変えるということではなかったかと私は思います。
 「三国時代」と私たちは気軽に言いますけど、三国時代当時、「今三国鼎立してるよね」と思っている人間はいませんでした。
 一応建前としては、皇帝が3人いるから三国なんだけど、国力に余りにも差が在り過ぎて、魏以外の二国は存在感が薄かったのです。特に蜀。魏の知識人の間でも、蜀が滅ぶまで、そんな国家が存在したことを知らない人間がの方が多かったほどですから推して知るべしです。
 にも関わらず、現代、三国時代が三国時代であったことを疑う人間はいません。
 
 これは奇異なことですよ。後漢衰退後は曹操の一人勝ちで、ほかの二国は弱小逆賊、みたいな感じで歴史に残っていてもいいじゃないですか。何故こういうことになっているんでしょう。

 実はこれこそが、孔明の狙いだったのではないかと思います。
 いかに実力差があろうが、体裁として皇帝は3人いるのだから、歴史家はそれを記さねばならない。そしてそれは、中国の歴史上でも異常事態なのですから、当然注目されます。ここまでくると、国力差が在り過ぎて云々、という問題は、もうみんなあまり気にしません。そうしていつの間にか、三国時代は「三国が並び立っている」ような状況ということになっていたのではないか、と私は想像します。

 三国時代が来るまでは、「天下」と言えば朝廷、つまり中央政府と同義でした。「天下を取る」、というのは何も中国大陸全土を占領することではなく、国政を牛耳ることだったのです。
 ですが、今、三国志を眺める人々がそんなことを考えているでしょうか? いませんよね。コーエーの三国志の最終目標は、中国大陸全土に存在する拠点を全部、軍事的に占領することです。
 つまり、孔明のやったことというのは、後世の人間にそこを錯覚させることだったのです。
 所謂「孔明の罠」は仲達ではくて、後世から歴史を見る人間に向け仕掛けられたものなのではないかと夢想いたしますがいかがでござんしょう。
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