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『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の十六

『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の十六

 「試合から消える」技術を持ったプレイヤーは、確かに存在する。
 そういった選手は、ピッチに立つ多くの時間ボールに触れず、ためにそれほど目立たない。だが一度チャンスと見るや、抜群のポジショニングでボールを要求しそこからワンプレーで試合を動かしてしまう。主にフィニッシャー、点取り屋などに多いタイプだ。無論、綿密な計算や野性的な直感が働かなければ成立しないプレイスタイルである。
 だが、篠原武史の見る限り、齋藤宗美はそういうタイプの選手ではない。
 まずもって齋藤は、ワンプレーで試合の流れを決定付けられる技量を持ち合わせていない。
 なるほど、確かに「消える」。齋藤はピッチ上に立つ全ての選手の視界から見事に消えて見せる。だがそれは、サッカーの技術ではないのだ。彼は日常生活に於いても「消えて」いる。何でも齋藤宗美は忍者であるが故、常日頃より他人の意識から消える習性があるそうなのだが、それはつまり試合中、パスを出すべき味方からも視認されることが無い、ということも意味する。それではいざチャンスを迎えてもゴールに繋がりはしない。
 葉倉の選手で齋藤に普通にパスを出すことが出来るのは唯一、土屋のみ。土屋は、
「ピッチからいなくなってるわけじゃないんだから、普通に見付かるでしょ」
 と言うのだが、いや、本当に見付からないのである。よくよく探せばそれは勿論ピッチ上にいるのだが、齋藤を探している時間が長引けば当然ボールを奪われるリスクは上がる。
「それを承知で監督からお前に伝令。齋藤にパスを出せ」
「無理すよ!!」
 後半途中から交代で入った上原が監督からの伝言を伝えられた際、武史は思わず反射的に叫んでしまった。上原、まあわからないでもないが、という顔をして言った。
「アバウトでいい。中盤でボールを奪ったら即座に右サイドにバールを送れ。コーナーフラッグを目掛けるくらいがいいそうだ」
「そんなんでいいんすか!?」
「監督が言うんだ。土屋が自由に動けない今、中盤から速攻かけるにはお前が出さないと」
「……」
「お前、少しは齋藤を信じてやれよ。あいつは命じられたことは必ずやるって。じゃ、頼んだぞ!」
 上原はそう言って武史の肩を叩いたが、ああ、わかっていない。信じる信じないの問題ではないのだ。どこにいるのかもよくわからない相手にパス? それは果たしてパスと呼べるのか? そんな迷いを抱えながら、武史は後半を戦う羽目になった。
 後半のハイペースな攻め合いは、半ばは葉倉の意図だ。同点に追い付いて調子に乗る市天の前に守勢に回れば、一気に食われる危険がある、というのも一つだが、もう一つには齋藤の存在をゲームから消すため。
激しい攻め合いのさ中、一人だけその戦いに参加しない人間がいる。目の前の戦いに夢中で、誰もそれには気付かない。
 武史でさえ、常に意識していなければ齋藤の存在を忘れてしまいそうになる。齋藤はそれほど見事に消える。
(そんなやつにパスだと? 俺が?)
 なぜ? という思いが、武史の頭から消えない。そういう仕事は土屋さんがやればいい。そっちの方が話が早いのだから。土屋さんがマークされているといったって、それほどハードなプレスを掛けられているわけではない。それにアバウトでいいなら他の部員だって……。
 攻撃のタイミングは武史に一任されていると言っていい。武史の右サイドへのパスが合図だ。
 そして、その時は来た。
 中盤、センターサークルのやや手前辺りで敵のパスをカットした瞬間、武史は唐突に昨夜の稗田千代の言葉を思い出してた。
『宗美さまの、友となって頂きたいのです』
 友。戦友。もしもこのパスが通ったら、そういうことになるのだろうか……。
「知るか!」
 ああもうどうとでもなってしまえ! これ通らなかったら大間抜けだぞこの野郎!
 叫びながら、武史はもう蹴っていた。
 その軌道を、誰もが不思議そうに見送る。ボールの向かう先には誰もいないはずだと誰もが思っていた。
 だが次の瞬間、ふ、と、突然沸いて出たかのように右サイドに影が飛び出す。影はタッチラインギリギリでボールを受け取ると、そのまま疾風のように敵陣へ駆け抜けていった。

                   *

 その瞬間、齋藤宗美は何を思ったのだろうか。篠原武史から右サイドへの長いパス。それを受け取って敵陣へとドリブルしながら、宗美は得も言われぬ感動を覚えていた。
 交代の前に、駒子から宗美に下った命は一つ。
『中盤で篠原武史がボールを奪ったら、迷わず右サイドを駆け上がれ』
 宗美に異論のあろうはずがない。と言うより、忍びの習性として疑問を差し挟むことが出来ないと言うべきか。忍びは例え如何なる理不尽な任務であろうと粛々とこなさねばならない。疑問を持つことは迷いに繋がり、迷えば、待つのは死である。いや、一人で死ぬのならまだ良い。問題は仲間の忍びたちにも害が及ぶことであり、それだけは死しても避けねばならぬ。だから宗美も、幼少の頃より下命には疑問を差し挟まぬよう教育されてきたのである。
 だが、宗美は未だ土屋以外のチームメイトからまともなパスを貰ったことがない。ごく至近距離で、宗美が積極的に姿を見せてのショートパスなら無論出来はするが、宗美が本気で気配を消せば、普通の人間に感知出来る道理はなかった。中学のサッカー部でも、宗美に意図的にパスを出せた人間はいない。宗美がボールに触れる機会と言えば、こぼれ球やルーズボールに反応した時くらいだったのだ。宗美にパスを送れる土屋が特殊なだけなのであって、それは余りに奇跡的なことなのだと、宗美は土屋をある種神聖視していたと言っても過言ではない。
 そんな宗美に、パスが出た。それも土屋からではなく、いつも宗美を見つけることが出来なくて苦労しているはずの篠原武史から、である。
 その瞬間、パスを受けた瞬間、宗美の世界がぐる、と回転した。

 これまで、何処にいても、何をしても、まるで気付かれなかった。あたかも別の世界から皆の日常を眺めているように、宗美は孤独だった。宗美が存在を誇示出来るのは、忍びの世界だけだったのだ。だから宗美は忍者として生きることに固執しようとした。兄への憤りも、つまるところそれが原因だったのだろう。
一方で、宗美はサッカーもやめなかった。サッカーを手放したら、もう宗美には忍者としての生き方しか残らない。自分は忍びの道に殉ずるのだと息巻いたところで、虚しさは消えはしなかった。だからボールを蹴った。忍の修行とサッカー以外に、打ち込むものを宗美は知らなかった。
 しかし、試合に出てもパスは貰えず、仲間から気にも留められず、終いには監督からも忘れ去られる。中学時代に、宗美は嫌と言うほど味わった。そして自分に言い聞かせた。「お前は、ここにいるべき人間ではないのだ」と。
 だが今、散々に自覚しきったはずのその言葉が、パス一つで霧散していた。そのパスが、宗美の存在を肯定していた。走れ、走れ! ゴールを決めろ! お前はそのためにピッチに立っているのだろう!
ボールが宗美に「ここにいてもよいのだ」と告げていた。
 ゴールが迫る。シュート体勢に入る。
 不意に、涙が滲んだ。
 滲んだ目の端に、人影が見えるのがわかったが、もう止められない。
 右脚を振り抜く。
 ボールは、真っ直ぐの弾道を描いて飛び、強く、バーを叩いた。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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