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『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話其の十八

『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~ 第二話 其の十八

 その日は、齋藤宗美にとっては初めて尽くしだった。
 さっきの篠原からのパスもそうだが、何と、宗美に初めてマークが付いた。
 不思議な感覚だった。自分の目の前に、自分を常に見つめる人間がいる。これは今までの宗美が体験したことのなかった事態だ。
 マークに付いたのは、後半から出場していた41番。市天が練習場に着いた時、紛れ込んでいた宗美を発見した唯一の男であり、後半以降、市天どころか、ゲームの流れ自体を変えてしまった選手である。
 そして41番は、宗美が動けば一緒に動き、スペースに走ろうとすれば邪魔をし、ために、宗美は41番がマークに付いて以降、自由に動けなくなってしまった。
 だが、それでも宗美はある種の感動を抑えることが出来ない。
 ――ああ、これが、これがサッカーなのだ。俺はやっと、本当のサッカーをプレイしているのだ。
 これまで、宗美の戦ったチームの人間というのは、同じピッチに立っている宗美のことなどその辺に転がっている小石程にも気に掛けないもので、従って宗美はピッチの上をほとんど自由に動きまわれた。邪魔をする者は誰一人いない。尤もパスも滅多に回ってこなかったから、そうやって常にフリーであることにも大した意味は無かったのだが、敢えて気配を消して見せるまでもなく、ピッチ上の誰も、宗美の存在に気付くことはなかったのだ。
 だが、この男はどうだ。宗美をしっかりと見据え、その動きを妨害せんとしている。
 ――これが、敵。これが、戦い。
 修行時代を思い出す。殺意を剥き出しに襲って来る敵と戦う感覚、幼い頃より体に沁み込んだその皮膚感覚を、再び肉体に降ろす。
 宗美の呼吸が変わる。その気配に呼応するように、試合が動いた。

「なぁんだ、三島くんはソウビの方に行っちゃったか」
 土屋はそう呟くと、新たに自分のマークに付いた角野を見る。この守備的ミッドフィールダーは、三島と違いフィジカルでゴリゴリ圧してくるタイプだ。
「俺じゃ不満か?」
 角野が聞き逃せんといった調子で問う。
「いや、三島くんとの駆け引きが楽し過ぎただけさ。彼みたいな選手が二軍に埋もれてるのは理解出来ないね」
「ああ、俺も今日そう思ったよ」
 会話のさ中にも、ボールは廻る。ボールを奪取した葉倉が中盤でパス交換。土屋にもボールは渡り、ワンタッチで軽く捌く。
「どうした、攻めて来ないのか」
「攻めるよ。今のは最終確認」
「あ?」
「種まきは成功したってこと。その証拠に、今全然プレス来てないしね」
 土屋はふ、と笑いながら、再度ボールを受け取り、一瞬溜める。角野は、今までワンタッチ、ツータッチで簡単に捌いていた7番のその行動に一瞬疑念を抱く。だがすぐに、別の疑念が沸いてくる。
「なぜ自分は、この男にすぐに突っかかっていかないのか」
と。

 齋藤宗美の奇襲から、何かが変わった。何が?
 まず変わったのは、市天の守備シフト。宗美に対応するために三島がマークを土屋から移した。
 だが、何よりも変わったのは、市天の守備陣、否、選手全体に少なからず迷いが生まれたこと。
 もとよりサッカーは、プレイヤーの把握すべき情報量が多い。選手のタスクは明確に分かれておらず、各々が自己裁量で動かなければならないシチュエーションが多いからだ。
 だからプレイヤーは、一瞬にしてフィールドの状況を把握する能力を求められる。誰が何処にいるのか。どう動いたのか、動こうとしているのか。ボールは誰が持っているのか、空いているスペースは……。
 それらを瞬時に見定めて、最適な行動を取る。能力の多寡はあれ、基本は同じ。
 だが、その大量の情報の中に、ノイズが混ざったとしたら、どうか。
 確かにピッチのどこかにはいる筈なのに、容易には見付からない選手。それが一人存在することが、どれほど思考の負担となるか。たとえマークに付いていなくとも、頭の片隅にその選手の存在は確実に刻まれる。だから、敵がボールを持った時、自分がボールを持った時、ついその選手のことを探してしまう。何処にいるか、何処から現れるかわからない者を相手にするとは、そういうこと。
 それは、ほんの少しの判断の遅れである。ともすると本人も気付かないような、刹那の逡巡。だが、それがチーム全体に蔓延すれば、致命的な綻びとなり得るのだ。

 僅かな逡巡の後慌てて、という感じで向かってきた角野を軽くかわし、土屋は斜め前に緩いパスを出す。
 その瞬間、市天のディフェンス陣の背中にぞくりとした悪寒が走った。
 パスを受け取ったのは、後半ずっと息を潜めていた11番・榊。既にけものの顔になって、恐ろしいまでの勢いで走り出していた。
 けものは、待っていたとばかりに、解れの見える守備網の隙間に食い込み、食い破る。
 試合終盤、しかも不可視のアタッカーの登場に完全に及び腰になっていた市天の守備陣は、一撃で粉砕された。そして、けものはフィールド中央に切り込む。このままゴールまで一直線とばかり、獰猛な意志を周囲に撒き散らす。
 最早、止められぬ。人ならぬもけものを、誰が止められるというのか。そう、思われた。

「榊さん!」
 だが、そのけものの背中に、寺田匠から警告が投げかけられていた。
「行かせるかオラァァァ!」
 直後に響いた怒声。けものに追い縋る男がいたのだ。
 赤川努。本来右ウイングを主戦場とし、攻撃専任で守備には積極的に参加していなかった男が、最終ラインまでけものを猛追していた。赤川のマークに付いていた寺田匠も榊の後を追っている。
「好き勝手にやらせるかよォ!」
 赤川は叫びながら、榊との差を必死で埋めようと走る。だが、縮まらない。後半息を潜めていたけものは、終盤まで足を残してもいたのだ。赤川はそれでも諦めずに手を伸ばす。少しでもその足を遅らせるためにユニフォームを引っ張る。
 その瞬間、赤川は見た。けものが口の端を大きく歪めて笑う横顔を。
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テーマ : 自作連載小説
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