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思想の不自由とイジメ

萌兄です。

暑いですね。暑いのは「嫌い」なので「嫌」です。

暑さは、割とみんな嫌だとか言えます。でっ、割とみんなが「嫌」って言えるものって思ったより少ない気がするんですよ。

「一昔前「NO」と言えない日本人」とかそういう標語が流行って、やってられない、やれない事は割と「NO」と言っても、仕方ないよね~くらいの世の中に成ってきた感じは無くも無いですが、じゃあ「嫌い」って言える。もっときつく言うと「嫌い」って思える世の中なのかなぁ~と考えると、どんどんそうじゃ無く成ってる気がするんですよね。

学校でのイジメ問題が盛んにテレビで取りあげられてますが、殆どがまだ原因究明に終始していて、今起こっているイジメについてどうにかしたい!みたいなパッションが伝わってこない。


そんな訳で僕が数年前に読んで思い出したのがこちらの本
いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)
(2009/03/19)
内藤 朝雄

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萌兄も当時からイジメに興味が有った訳では無く、当時「闘う司書」というアニメがやっていて、そこで人間から怪物を作ろうみたいな話が有り「マジ怪物ってクールだぜ!」と思ってこの本の『なぜ人が怪物になるのか』というサブタイにシンパシーを感じて買ったのでした。


話を戻します。この中では、イジメの原因は世の中でよく言われる「個人のメンタリティー」つまり偶々、性格悪い奴と、どんくさい奴が一緒にいたからイジメに成った。とかでは無く、イジメはどんな聖人君主を集めても、ある種の環境に置けば普通に起こりうるよ。みたいな感じで書かれています。新書なのですが、結構専門的で読み応えが有ります。裏を返すと少し難しめです。

で、世の中のイジメ報道は、要はDQN親に育てられた、イジメをやるDQN子供を懲らしめろ!みたいな空気が多いし、事無かれ思想の蔓延したイジメを防げなかった悪い教育者をどうにかしろ!とか、子供は精神が未熟だから、イジメをするし、だからこそ情操教育をしてイジメを防止したりイジメから守ってあげなきゃ!みたいな感じで「私達(大人のテレビ視聴者)とは違う、悪い、もしくは未熟なメンタリティーの人々の問題」としてとらえているのです。

でも、本にも書かれていますが、イジメはメンタリティーで起こるものでは無くて、構造で起こる部分が凄く大きい訳です。

テレビの前の真面目な大人を30人ばかし連れてきて、教室の様な狭い空間で「仲良くしなさい!」と義務ずけられて数日もすれば、やっぱり、その集団の中だけの、外には通用しないような謎の制度・・・つまり少しでも仲良くしないようなそぶりを見せたやつは、制裁するのが当たり前!みたいな空気に成ってイジメが発生する可能性が非常に高い訳です。

日本の教室の怖い所は30人集まっている所でも、人口密度でも無く、心を強制する所です。「学校では先生や友達に愛着を持たないといけない」場所なのです。愛着を持たないという選択肢は認められていません。

本当は学校は、勉強をする事で物事が解ように成る事がある意味義務化してもおかしくは無いのに、何故か、その当りは割と曖昧で、仲良くする事が義務化しているのです。

そう成ると、多少嫌がらせされても、仲良くしなきゃという義務感、強迫観念が働くので、虐められても、そいつとつるみ続けなければいけなくなる訳で、最悪自殺という事にも成ってしまします。周りの人は学校に行かなきゃいいんだとか言うかもしれませんが、本人には小学校1年生の頃から、「学校に行って皆仲良くする」という事が義務として、半ば洗脳的に植えつけられているので「逃げる」「学校に行かない」という選択肢は元々残されていないのです。

という感じで、何故か、日本の学校はその集団に愛着を持たないとダメという事が強制されます。その集団を嫌いに成ってはダメなのです。ただ、これは学校だけじゃ無い。そう、これも「私達(大人のテレビ視聴者)とは違う、悪い、もしくは未熟なメンタリティーの人々の問題」では無いのです。

日本の企業の偉い人が、やたら日経にヨイショされたり、村上龍にポエム作ってもらってニヤニヤしている昨今ではどれだけ社員の人心掌握が出来るかが会社の成長には欠かせない訳です。

昔みたいに、少しづつ経済が大きく成るなら、別に酷い境遇に社員を突っ込んでも「及第点の成果というか、問題さえ起こさなければ、給料を上げてやるし、身分も保証してやるよ!」方式、つまり年功序列方式が有ったので、まあ、ほおっておいても、社員はある程度おおらかに仕事が出来たし、おおらかに生きられれば、自然と会社にちょっとは愛着も湧いて、離職率も下がる事で、労働力や技術の維持も容易だった訳です。

ただ、最近はそんなに景気良くないから、待遇という企業に唯一ある「アメ」で社員の愛着を勝ち取れ無く成ってしまった。

で、どうしたかと言えば、半ば洗脳みたいな方式でまず会社を「愛せ」仕事に「誇りを持ったり、楽しめ」会社を辞めたやつは「仲良く出来なかったコミュ障の落後者」と植えつけて、脳内だけハッピーにさせて会社に愛着を持たせようとした訳です。要はブラック会社方式です。

だから、ワタミの自殺の件でも、会社に愛着を持たずに「辞める」という選択肢を奪われた結果起こった事だと思いますし、萌兄のサラリーマン時代も、割とストイックに仕事してるけど、会社の矛盾点を指摘する先輩はやっぱり虐められていました。

子供の時には学校、先生、クラスの友達に愛着を持つ事を強制され、社会に出たら、会社、会社の構成員、仕事内容に愛着を持つ事を強制され拘束されるので、世の中全部がイジメを作る為の実験場と化している訳です。

学校は本当は勉強して「物事が解る」事が大切な所ですし、会社は仕事をして「お金を稼ぐ」事が目的なのに、その辺はやっぱり曖昧にされて、特に後者は、宗教みたいに会社が大好きでその布教活動ばかりしていて仕事しない人達ばかり出世するので、だんだん下の不満が大きくなりますが、その辺もお得意の布教活動と洗脳でカバーしようとするので怖いですねw

愛着とは対象と関わり合いの中で出来上がる「結果」であって、それを最初に植えるける事自体おかしな話です。

逆に結果として「嫌い」に成る事も当然です。嫌いなものと距離をとるのも立派な生きる知恵です。何かを「嫌い」に成るのは、誰にでもある事で悪い事では無いのに、学校も社会もそれを許してくれやしないのです。

ましてや何かを嫌いになるようなやつは、心が弱かったり、性格が悪いんだ!要は、イジメで不登校に成ったら後ろ指刺されたり、進学に不利に成るのは虐められている方だし、離職も、どんなヤベいブラック会社に勤めていたとしても、辞める奴の辛抱が足らなかったからとか、辞めた奴が怠け者だからとか、マジ会社辞めるとかコミュ障だしwみたいな感じで、自分に害を及ぼすものから避難してきた人の方が何故か非難される感じが、多くて本当に嫌な世の中です。

まあ、こういう風潮が多いですが、そんなのはやっぱり可笑しいし、萌兄はそういう風潮が大嫌いと言う事を言いたかっただけなのでした。


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テーマ : いじめ
ジャンル : 学校・教育

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