スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の十九

『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の十九

 もし、ユニフォームを引っ張られた榊がその場で倒れ込めば、その時点で赤川はファウルを取られるはずだった。赤川にしてもそれは覚悟のこと。反則を犯してでも止めなければならないのがこの局面である。場所はペナルティエリアの左手前10メートルも無い位置。葉倉にしてみても、そこからのフリーキックは決して悪くない。
 それでも、榊は倒れなかった。赤川を引き摺り、速度を鈍らせはしたものの、そこから数歩、さらに進んで、ぐい、と体を伸ばしたと思うと、不意にボールを弾いた。前ではなく、後ろに。

 ボールが向かう先にいたのは、中央から走り込んで来ていた、土屋。土屋は榊からのマイナスのボールを一旦止める。榊を追ってペナルティエリアに戻るため必死で走っていた市天の選手が、勢い余って土屋を追い越していく。
 市天のセンターバックは、正直「助かった」と思ったのに違いない。最悪なのは、葉倉のカウンターが成功すること。ゴール前ががら空きのまま榊の独走を許すこと。であれば、ここで葉倉が足を止めたことは守備ブロックを構築するチャンスである。
 心のどこかに温い安堵を残したまま、センターバックの二人が前へ向き直った瞬間、土屋はボールを蹴った。それは、守備が戻るのを待っていたかのようなタイミングであった。ボールは山なりにセンターバックの頭上を越え、センターバック二人とゴールキーパー、三人の作る三角形の丁度真ん中へ……。
 ――なんで……?
 或いは、三人が土屋のミスキックを疑ったとしても、それは無理からぬ話だったのかもしれない。
「左サイっ!」「13番そっち行きます!」
 そう、彼らは忘れていた。中央と左サイドから同時に怒声が聞こえるまで、その男のことを完全に意識から外していた。
 葉倉の13番。齋藤宗美。いつの間にか、ペナルティエリアの深い所に侵入してきている。目指すは当然、ペナルティエリアの真ん中に落下しつつあるボール。
 ディフェンスは、反応が遅れる。もとより予想外の侵入者。13番には三島が付いているとは言え、動きを完全に阻害するまでには抑え切れていない。ならば誰かがいかねば。誰が……?
 ボールが落ちるのは、各々の守備範囲の中間地点。守備に生じた躊躇を、齋藤は逃さなかった。
 ぽん、と一跳ねしたボールにほとんど滑り込む勢いで食らいつく。体勢を崩しながら、左足は確かにボールを捉えていた。
 ――ゴールへ!
 今度こそ叩き込む。キーパーも迫ってはいるがコースは空いている。大雑把な蹴り方でも問題は無い。
 が、左足で蹴ったボールは、直後に横から現れた影に弾かれた。三島である。スライディングで体を投げ出し、ギリギリふくらはぎにボールを当てた。
 ボールは――。
 ボールはまだ生きている。三島の体に当たって弾かれたボールは、まだペナルティエリアの中。しかしこの局面は試合の終盤、最大の勝負所でほとんどの選手がエリア内に侵入してきており、最早乱戦の体である。次にボールに触れた側が勝負を決する。葉倉は押し込むだけ。市天はがら空きの敵陣にカウンターで。

「なんっでお前はそう決定力がねぇンだ!」
 篠原武史は、齋藤宗美がボールに追い付いた時、なんとなく、外すような気がした。というか経験則として、あの男は肝心な時に限ってシュートを外す。プレッシャーに弱いのか、或いは巡り合わせが悪いのか、齋藤宗美は確かに、試合を決めるここぞというゴールにまるで縁が無かった。
 だから、武史はペナルティエリアの外縁付近、おそらくブロックされたボールが転がってくるとしたらこの辺だろうという場所をあらかじめ埋めておいた。勿論それは賭けのようなものだし、たまたまフリーでボールを受けられるような場所が運よく空いていただけだ。
 だが、ボールは転がってきた。
 武史は、齋藤の決定力の無さを詰りながらボールを蹴る。シュートではない。ゴール前はごちゃごちゃし過ぎてシュートコースなんか無い。武史が狙ったのは、ペナルティエリアの右側。混戦からやや離れ、フリーになって内側に走り込んで来ていた、寺田匠だった。

 右サイドで篠原からのボールを受けた時、寺田匠の目に映っていたものは、ゴール前でもつれ合って倒れている齋藤宗美と市天のマーカー、そしてゴールキーパー。敵守備陣は中央に固まり、右サイドがフリーになるのも無理無いことであった。
 匠はボールを受けるや間髪入れず内へ切り込む。そして敵がこちらに寄せて来ると見るや、ほとんど反射的にシュート体勢に入っていた。
 ――入れる!
 角度は余り無い。だが入れる。右ゴールポストの内側ギリギリを叩くイメージだ。右足は利き足ではない。だが行く。おそらくこれが最後のチャンス。決めなければならない。
シュート体勢に入る一瞬、ゴール前で倒れている宗美と目が合った。
その目は、匠に期待している目ではなかった。匠がゴールを決めることを、信じて疑っていない目。
(ああ、そう言えば……)
 宗美とまともに目を合わせたのは初めてだったかもしれない。
 ああ、決まる。決まるさ。俺なら出来る。楽勝だ。
 ふ、と笑いながら、匠はボールを蹴った。
 ボールは、なんとも呆気なく、さも当然のように、ポストよりさらに内側のネットに吸い込まれた。
 
 ゴールが決まった瞬間、匠は真っ先に齋藤宗美に駆け寄っていた。早くしなければ、あの男はまた、誰の目にも止まらぬ所へ行ってしまうのに違いない。そうなる前に、喜びを分かち合いたかった。お前が走っていなければこのゴールは有り得なかった。このゴールはお前のものだと言いたかった。
 立ち上がり掛けていた宗美に飛び付くと、宗美は酷く驚いたように目を瞬かせ仰向けに倒れた。そして、その上に喜びに沸く葉倉イレブンが次々と覆いかぶさる。
 折り重なった男たちの一番下で、影の英雄は、嬉しいとも恥ずかしいともつかない中途半端な表情で苦しそうに呻いた。
スポンサーサイト

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

熊谷雑文組合

Author:熊谷雑文組合
熊谷雑文組合運営のブログです!皆で書いてたりします★
◆メンバー(このブログの執筆者達)
小竹大樹…隊長的な人
朽葉…ネットランナー
善浪栄一…目が死んでる
萌兄…イラスト係兼、メイド狂
環俊次…2次元ジゴロ
加糖コージ…中学二年生
きのこ汁子…ドール愛好家
など。

最新記事
カテゴリ
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
月別アーカイブ
Twitter
カウンター
ご意見、ご感想

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
コメント
トラックバック
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

デジタル書房
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。