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『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の二十

『久留里忍法帳外伝 ~わくらばっ!~』 第二話 其の二十


 試合終了のホイッスルが鳴ったのは、寺田匠のゴールから五分後のことだった。
 その五分間で、市天イレブンは遮二無二攻撃を繰り返した。殊に、三島のスルーパスに赤川が反応したプレーは決定的と言ってよく、もし赤川のボールコントロールが乱れなければ同点とされたところだった。
 だが、サッカーの神様は、この一年生には微笑まなかった。シュートが枠を外れ、赤川が宙を仰いだその瞬間、勝負は決した。
(負けた……)
 鯨崎は腕を組んだままピッチの上の自軍の選手たちを眺めていた。誰もが項垂れていた。疲労困憊だったからだけではあるまい。赤川などはうずくまって泣いてさえいた。負けた。届かなかった。決して勝てない試合では無かった。実力ではそう変わらない、どころか、技術的にはこちらの方が上だった。だがそれでも負けた。あとほんの少し、何かが足りなかったのだ。
 選手たちは今、足りなかったものが何なのか必死で考えている筈だ。でなければあんな表情にはならない。思えばBチームには久しく見なかった表情だった。
(勝ちたい……勝ちたいよなぁ。Bチームのままでいいわけがねぇよなぁ)
 今日、葉倉と試合が出来てよかった。ああ、いいチームだ。怖い選手を抱えている。しかも1,2年生が主体のチームだ。まだまだ伸び代がある。近い将来、我がチームの脅威として立ちはだかるだろうと思う。だが勿論、Bチームの奴らだってこのままでは終わるまい。奴らだってまだまだこれからだ。これからまだAチームに食い込むことは出来るし、現時点でそれに値する選手も何人かいる。
 これで何とか監督からのオーダーは果たしたか。それにしても……。
 ――ああ、羨ましい。
 挫折から立ち上がる人間の眩さ。傷つきながら這い上がり、高みを目指すことの出来る日々の得難さ。鯨崎は素直にそう思った。

 赤川が最後のシュートを外し試合終了のホイッスルが吹かれても、三島忠邦は息を落ちつけることが出来なかった。
 ――これが敗北。
 何もかもが足りなかったと思う。悔恨は尽き無い。だがそれ以上に、ある男の存在が三島に勝敗とはまた無関係の興奮を覚えさせていた。
「……君は、何者?」
「え?」
 三島が話しかけると、その男はびっくりしたような顔で振り返った。葉倉の背番号13番。後半途中から出場し、結果的に自軍の守備を壊乱せしめた男。その男は、改めて観ても地味で特徴の無い薄顔の小男だった。しかし、試合を決定づける得点の生まれる直前、三島はこの男から今まで感じたことの無いような寒気を覚えていた。
「うちのメンバーの誰も、君を見付けられなかった。みんな、君のことを『消えた』って言う。何で? 君は、何をしたの?」
 三島はもとより口の回る方ではない。それどころか顔見知りな方で、初対面の人間とは積極的に話そうとも思わない性質である。だがそれでも、今度ばかりは聞かずにいられなかった。
「それは、あの……」
 13番は、どういうわけか答えに窮しているようだった。頭の中で必死で答えを探しているのか、その目は可哀想になるくらいに宙を泳いでいる。いや、自分としてはこうまで追い詰めるつもりはなかったのだが。
「ごめん。僕は、三島忠邦。君は?」
「さ、齋藤宗美と申します」
「さいとう……むねよし」
「忍者です」
「にんじゃ」
「『消えた』と見えたのは、それ故」
「え……と……?」
 男の解答に、三島は呆気に取られた。いや、いやいや、君は何を言っているのだ。全く意味がわからない。だが、その顔の強張りようから馬鹿にしているようには見えなかった。
 つまり、あれか、忍者だから、相手の視界から消えるのが上手いのか。忍者だから、存在感を消すことが出来ると、そういうことか。……だからそれはどういうことなんだ?
 未だ納得出来たわけではなかったが、三島はそれでいいと思うことにした。齋藤が忍者であれ何であれ、この男が脅威であることに変わりは無い。もっと言えば、「存在感が無い」だの「消える」だのというのは、他のチームメイトに聞いただけで三島にはわからないことだ。三島がこの男に覚えた恐ろしさは、攻撃に移る時見せた、鋭く研ぎ澄まされた刃物のような眼光だ。まともに触れれば切り刻まれるかと思う程の、体に纏った気配なのだ。  
まるでフットボーラ―とは思えないその圧力に、三島は付いて行くのが精一杯だった。なんとかシュートをブロックしたのが奇跡的なくらいだ。
「……僕は、一軍に上がる」
「え?」
「また勝負しよう。今度は、本当の真剣勝負を」
「真剣」
 ふと、齋藤の身に纏った空気がまた変わったような気がした。宙を泳いでいた目は、再び試合中のような鋭さを帯びている。
「俺も、したい。真剣勝負を」
「うん。今度は負けない」
 そう言って、握手を交わした。
 その握手が、齋藤にとって初めて交わした宿敵との約束であることを、三島は知らない。

 ――今日もゴールを決められなかった……。
 試合は勝ったが、齋藤宗美の心には悔恨が残った。
 二度もチャンスがあった。点を取ること自体が役割ではなかったとはいえ、その二つとも物に出来なかったのは悔しかった。
 ――俺は駄目だ。駄目な男だ。
 なぜこうも肝心な時に決められない。なぜこうもプレッシャーに弱い。忍者の修行の時はこうではなかった。もっと心を殺し、任務に徹することが出来ていたはずだ。なぜサッカーではこうも情けないのだ。
 だが、その情けなさは情けなさとして、この試合は宗美にとって初めての喜びに満ちていた。
 初めて土屋以外からパスが来た。初めて敵にマークされた。初めて皆でゴールを喜んだ。初めて敵と握手をして、再戦を約束した……。
 ――まるで、普通のサッカー少年みたいじゃないか。
「宗美!」
 呼んでいたのは寺田匠だった。今日の試合、殊勲の決勝点を上げた美少年は、喜びもひとしおといった表情で宗美に手を振る。気付けば、宗美が物思いに耽っている間に、両チームとも撤収を始めているようだった。宗美も慌ててそれを追いかける。
「やっぱりまだ残ってたのか。正直土屋さんに言われなかったらわからなかったけど、でもだいぶ宗美を見付けるコツがわかってきたような気がするよ」
「あ、齋藤、お前あんなどフリーで外してんじゃねぇよ! 交代で入ったんならきっちり決めろ!」
 手厳しい言葉は篠原武史だ。二人とも宗美を待っていたらしい。待たれた。それも宗美には初めてのことだったかもしれない。
「俺、いいんだろうか、こんなに……その……」
 練習場の廊下を歩きながら、宗美は整理の付かない気持ちをなんとか言葉にしようと試みていた。
「ん?」
「何だよ急に」
「こんなに、普通の人間みたいで」
 次の瞬間、二人の笑い声が廊下に反響した。
「何なの『普通の人間』て!」
「『みたい』!『みたい』って! みたいもなにも普通の人間だよお前は!」
「そ、そうかな」
「そうだよ! いや、あんな簡単なシュートも外しやがるから普通は無いな。普通以下のヘッタクソなサッカー選手だな!」
「そうかぁ……」
「なんでちょっと嬉しそうなのさ!」
 普通の人間として生きていくことなど出来ないと思っていた。なんとなれば、齋藤宗美は忍者であったからだ。忍者として生きて、死ぬのが齋藤宗美の人生であったはずだったからだ。だがその忍の世界から拒絶されたならば、一体何処で生きていけというのか。普通の人間として、普通の世界で生きていくことなど、もうとっくに出来はしない。ずっとそう思い込んでいた。
 ――ここに居てもいいのか。俺は。
 二人の何とも楽しげな笑い声が、宗美の存在を肯定していた。ああ、お前はここに居てもいい。存在感が薄くても、下手糞でも、それでも俺たちをこんなふうに笑わせてくれるのなら。二人の笑い声が、宗美にはまるで福音のように響いていた。

 廊下の端に千代の姿を見付けた。三人の姿を認めた千代は、手招きをしてこちらを急がせる。
「宗美さま。お早く。ミーティングが始まってしまいます」
「ああ、済まない。すぐ行く」
「宗美さま、お疲れ様でした。その……格好良かった、です」
 千代はそう言ってすぐに顔を伏せた。ああ、そう、うん、うん、そうだな、あの、千代もマネージャーの仕事で大変だったろう、うん。早口にそう言って誤魔化したものの、宗美を労う千代の瞳が、普段には無い熱を帯びていて、宗美は二人の友人を前に、情けないくらい赤面した。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

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