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中世化する日本問題+艦これブームの検証

ロマン主義というのが有りまして、ナポレオン時代が有名ですが、基本的には芸術部門で使われる言葉ですね。

ルネサンス→啓蒙主義→近代理性主義といった具合で、西洋では理性的に正しい方法が一番効率も良くて美しいというのが一種の常識というか強迫観念のように、芸術でも技術でも思想にも浸透しているわけです。

よく、ゲームなどやってて、最初はみんな好きなように闇雲にやっているのに、攻略wikiなどが充実してくると、一番効率のいいプレイ以外はお断り!みたいな空気が流れるのと、この現象は似ているかもしれません。

そもそも、西洋文明はギリシア哲学の時代のなんて「良い」と「善い」の区別がない頃もあったので、そういう効率が良いことは善いことであるという観念の土壌みたいなものが有ったのかもしれません。

補足すると、効率や、方法が「良い」状態は、みんな最低限のパワーや材料で一番ハッピーに成れるので「善い」という訳です。

ただ、芸術は必ずしも一番効率のいい構図が一番、感動を与えるという訳じゃないですよね。

科学的に考えれば黄金比を構図に入れる方がいいし、心理学的に考えれば、こういう色使いにするといいとか、もっと基本的な事を言えばちゃんと遠近法を使うべきだとか、そういうマニュアルに従って上手に描けている絵が一番素晴らしい!という訳じゃないのに、皆それを正しいというから、いやいやそうじゃないぜ、おいらのパッションを見てくれ、おいらは好きなように描いてやるのですよ!という運動がロマン主義な訳ですよね。

芸術だと分かりやすいロマン主義ですが、思想的にもロマン主義的なものがありまして、理性的にいえば一番合理的な方法は分かるんだけど、でも、ほら、俺の沸き立つ感情がそうさせないんだぜ!的なものが思想的ロマン主義ってわけです。

ナポレオン時代はヨーロッパの民族主義や国民国家主義が台頭した時代で有ったわけです。欧州はそんなに土地は広くないし、どこにどの民族が暮らしていると言っても、古くからちゃんと決まった国境が有るわけでもなく、混血もかなり進んでいるし、言語的にもかなり似ているし、そもそも昔は全部ローマ帝国だしみたいのがあるので、まあ、領主同士の争いがあんまりないのであれば、ゆるーく自分たちのアイデンティティも保ちながらも、今のEUみたいに人や物の行き来は自由にした方が戦争も起こりずらいし、経済的にも楽な訳です。

但し、そんな効率主義で皆で少しづつ我慢して、損して得取るなんて俺はヤダ、俺の、俺たちのパッションがゆるさねーぜ!って人も多いはずです。

萌兄もネトゲとかやってると、効率重視にしないと周りに迷惑かかるのでそうしますが、やっぱり面白くない。もっと自由にゲームしたいと思います。ただ、そうしてしまったら皆も自分もレアアイテムが取れなくなる。やばい、装備が完成しない。装備が完成しないと、次の強敵を倒せないから、次のアイテムを探しに行けない・・・

いやいや、モンハンは縛りプレイをしていてもすごく楽しいゲームです。効率主義に転じても楽しいと思えるゲームがモンハンなので、モンハンはすごいなと思います。

ただ、対人型ネットゲーはすごく殺伐とするので、本当に効率厨プレイしないと、倒されるし、自分が倒されると仲間も倒されるし・・・

海外では、対人対戦型ゲームでも「これはゲームだから楽しまなきゃ損」という割り切りがあるらしくそういう悩みが少ないそうでうらやましくも有ります。まあ、裏を返せば「楽しむのが正しい」という理性的な至極真っ当な判断をしているともいえるでしょうか。

まあ、ゲームであればそれでいいんです。ゲーム楽しいです。特に最近のゲームは本当に楽しい、やばい。廃人になる。


ナポレオン時代に話を戻せば、フランス革命の途中ですから、超インテリ軍団が理性的に「共和制」とはどうすればいいか考えまくって、衝突し殺し会いまくっていて、もう効率とかいいじゃないですか~偉大なるフランスをマジ取り戻すんすよ!もう、ナポレオン強いし、皇帝に成ればいいし、いろいろ理性的な事を考えて設計しなきゃならないフランス共和国とかじゃなくて、君主制に戻せばいいんじゃね?帝政でいいじゃん、干渉戦争とか周りがふっかけてくるなら、もう全部征服しちゃうぞ!

みたいな感じで一種の感情的な扇動もあってナポレオン時代は到来し、ヨーロッパに民族主義が広がったわけです。民族と言っても、そんなに固まって住んでいる所ばかりじゃないし、ドイツ人とオーストリア人って民族的にも言語的にも同じだし、おいおいみたいな感じですが、でも、ほら、もう頭でっかちに考えるより、とりあえず、おらが国が一番じゃ!ってみんな思って衝突したら戦えばいんじゃないッすか?みたいな、もう、ほんとロマンの塊みたいなのが広がったわけです。

近代以前のヨーロッパは、村や街という独立した単位で、一応、ウチの領主は、フランス王と契約してるから、まあ、うちはフランスじゃね?うちは神聖ローマ皇帝と・・・みたいな感じで、民族はおろか、国という単位で(王侯貴族は別として)物を考える人はほとんどいなかったわけです。人々の生活圏の限界が村だったわけです。当然ナショナリズムはその時点では成立しえなかった。

その状態で、今のEUみたいに連合を組めれば、二つの大戦は起こらなかったかもしれないけど、歴史としてはやっぱりみんなロマンを求めて戦ってしまった。

やっぱり、勉強すればするほど、効率のいい方法は分かるけど、それはかっこよくなかったり、皆の我慢が必要だったり、外野からのヤジに我慢して、めんどくさい話し合いとか、ワークショップを繰り返さないとならない。でも、それは、本当は、もっとめんどくさい事や、悲しい事を繰り返さないために仕方ないけどやらなきゃならない事でもあったりします。


たとえば、会社で過労死や自殺が出てしまった。本当はめんどくさいけど、業務内容を見直したり、利益の追求を我慢しなきゃならない場合があるけど、やっぱりめんどくさいから、とりあえず気合いで何とかしろ!とりあえず、みんなポエム読んでるからうちもそうしよう!みたいな流れになる。これは企業以外の問題でも同じで、外交でも政治にもそういう部分が表れている。


だから、今の日本は「ロマン主義」化しているという人がいる。

でも僕は、それは違うなって思う。

本当は正しい方法を知ってたり、勉強したり、我慢したり、話し合ったり、努力したり、そういう理性的にめんどくさい事に本当にがんばったけど、うまくいかなくて、疲れちゃった人が辿り着けるのが「ロマン主義」だと僕はここまで書いてきた。

だから「ロマン主義」は本当に頑張っている人のパッションが作り出した、尊い物だと思う。だから僕はロマン主義を否定しない。

ピカソだってゴッホだって、ズゲー自分の道をつきつめた絵を描いている。その中では遠近法も、色彩も現実のものとは全然違う、全然理性的には正しくない描かれ方をしている。

でも彼らの若いころの作品を見ればわかるけど、彼らのような人たちは、本当はすごく写実的な絵もすごく上手に書けるのだ。むしろ簡単にかけすぎてしまって、こんなところで止まってていいの?って思って、自分にしかできないものを突き詰めていったのがああいう絵に表れているし、そういうすごいパワーが彼らの芸術にはあるから、僕らも圧倒させられる。

絵心の無い人の落書きと、ピカソの絵はもしかしたら似ている場合があるかもしれない。でも似ているだけで全然質が違う。本当に埋めることなんて絶対に出来やしない努力と知恵がピカソの絵には含まれているし、それが見ている人々にも滲んでくる。

そういうエネルギーがロマン派からの派生系の芸術にはある。


だけど今の日本は違うような気がする。ポエムで会社を動かせば何とかなるとか思う人たちは、本当にポエムでしか動かし方をしらないからポエムを選んでいるだけだ。いろんな方法を知った上で、さらに勉強して、努力して、話あった後にやっぱりポエムも大切だ!になれば、ロマン主義に昇華出来るかもしれないけれど、今のポエムで何とか会社を動かそう!みたいな流れは本当に中世の盲目的な、権威主義的宗教の方法論より酷いかもしれない。もはや古代の呪術師以下かもしれない。

ポエムの代表みたいに言われる、あいだみつおだって、すごく苦労して、失敗して、最後にたどりついて絞り出したのがあの詩だから、僕らは素直に感動できるし、理性的にもすごく真っ当な事をシンプルな言葉で、それでも感情をこめて書かれているなぁって感じる。

ただ、企業を動かすためのポエムにはそれがない、文法的にもおかしいし、何を言いたいのか解らない、逆にカルト宗教的な気持ち悪ささえ感じる人が多いと思う。本当に免罪符を売るためのだけのスッカラカンの思想のように、弱っている人々を縛ってしまう。

最近盛り上がってるナショナリズムの問題もそういう節がある、あまり勉強していない人が喜ぶような国粋主義を唱えておけば、本当に苦しい、藁にもすがりたい立場の人はころっと騙されてしまう。

ころっと騙されないためには、高等な教育が必要だけど、本当に貧窮している人々やその子供たちは、そういう多角的な視点を得る為の教育を受けることができない。

教養が廃れると更に国が貧乏になる。貧乏になると、更に教育に回すエネルギーが減ってしまう。いろんな見方ができる人がいないとグローバル化の時代はやってゆけない。突然変異や多様性の全くない種は滅びるように、右向け右、左向け左で動くよう国民しかにない国はそのうち滅びるしかない。

色んな考えの人が国に沢山居ると、確かに統治は難しくなるけど、政治家は一般の人よりさらに勉強して、それでも統治できるように頑張るしかない。それでも無理で、政権が代わってしまったとしても、国自体が滅ぶわけじゃないし、人々が皆殺しにされるわけでもない。

ただ、政治家や経営者の勉強不足、努力不足に合わせて、統治しやすい人民を大量生産すると、どんどん人々の視野が狭くなって、国も会社も滅びの道しかなくなる。だから偉い人は人一倍頑張らなきゃならない大変な仕事であり、大変だから偉いのだ。今の世の中はその逆に成りつつあるけど・・・


まあ、だから、僕はすごく安心している。日本がロマン主義じゃなくてすごくラッキーだったと思う。もし、今の日本がロマン主義の時代だったら、もう、本当に伸びしろがない。でもまだ中世だったのなら、これからの頑張りでどうにでもなれるし頑張れる、着地方法が見つけられる、だから、今の日本に必要なのは啓蒙主義だなって思う今日この頃なのでした的なラジオが↓です。又、そこから発展して、反知性主義的なものにも言及しています。




Video streaming by Ustreamあと、後半では世界のエロいニュースから、ラテンの血は最高だぜ!って語ってます。




加えて、今週は「艦これ」ブームについて、艦これやってない萌兄と艦これユーザーの善浪が議論していますんで、よろしかったら聞いてね。


Video streaming by Ustream

あと、途中のマネタイズの話で、萌兄は、オタク層でも年齢層の高いユーザーの方がグッズにお金をつぎ込める文化が根付いていて、若いオタクはすでにグッズに金を払えるほどの余力がなくて、お金がないから、課金をしないでも遊べる萌げーである「艦これ」をやっているし、ただで見られるピクシブやツイッターで、艦これの画像をシェアしているし、そうせざる負えないんじゃないのと言いたかったのですが「年齢層が高く、購買力のある艦これユーザー=ミリオタ」みたいな感じに議論のかけ違いがある部分があったのでここで訂正しておきます。

もっと加えて言えば、年齢関係なく、特にキャラ萌にお金をかけたくない、かけられないオタク層が(若者がボリューム層だとはおもいますが)割と艦これをやっているんじゃないかと分析したかっただけで、別にミリオタや、年齢云々については全く「艦これ」のブームに関しては関係ないように感じなくもないです。


次回の放送は3/13の九時からです。テーマは「これからの卒業式を考える」萌兄は、幼稚園の卒園式が退屈過ぎて泣いたのを最後に、小、中、高、大学の卒業式を含めて、泣いたことは一切無いツワモノなので、どうして、卒業式はこんなにも、感動的にも、逆にスマートにもできない、中途半端な所に落ち着いているのか、ちょっと考えたいというより、学校にいい思い出さえ有れば、普通に泣けるし、いい式だと感じるんじゃね?で議論を止めないように頑張りたいです。
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