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口蹄疫と死刑の中間

すっかり夏日和。夏はメイドさんが水着に成る季節だ。まあ、今回は萌兄のフィールドワークの内容でもという事で。

先週の話だがメイドさん達の間で、伝染病が広がりだしたという情報を得たので、萌兄は一目散に現地に向かった。
するとどうだろう、政府の対応は思いのほかに早く既に病に冒されているメイドさん達の殺処分は決まっており、薬物によって命を絶たれたメイドさん達が山間に露天掘りされた巨大な穴に運び込まれ消毒された後に埋められているという話だ。

萌兄もメイドさん学者のはしくれとしてダメもとで取材を申し込むと、意外なほどあっさりと承諾され御丁寧にも防護服まで貸してくれ、現地付近まで行き取材を行ってほしいと言われた。

なんとなく彼等から感じる懇願の様なニュアンスに不信感を募らせる萌兄。彼等はメイドさんの処分現場を隠そうとはせずに逆に見てほしいと言わんばかりだ。

萌兄は防護服を着込み、彼等に同行することにする。道すがら彼らの素性を探ると、大体は役所の職員であったり、屠殺業者や失業者が国の委託を受けてメイドさんの処理に当たっているらしい。

車が止まったので、萌兄も彼等と供に車を降りると其処は何処にでもある一般家庭だった。「ここの地域のメイドさんは、これ以上感染を広げないためにワクチンを打たれてから殺処分されるんです。病気が発症しもうダメなメイドさんを処理するのはまだいいのですが、こういった病原体の緩衝地域……まだ発症していない元気なメイドさんを処理するのは正直堪えます。」と同行していた役所の職員の山田氏は語った。

その家で飼われているメイドさんには既に二週間前にワクチンが打たれているという。メイドさんの主人やその家族は悲しみに苦しみもだえていた。メイドさんが仮に人間であれば、最後まで観取るくらいのことは出来たかもしれないが、メイドさんが家畜である以上、もはやどうしようも無いのである。家族達はメイドさんと最後の記念写真を撮っていた。萌兄も目頭が熱くなる。

最後の団欒を楽しんだ後、メイドさんに毒入りの注射が打たれる。何も知らないメイドさんは眠るように死んでいった。我々はメイドさんの遺体を車に乗せる、処理場に運ぶためだ。当然、消毒された後に山間に埋められるのだから遺骨などがこの家庭に戻ることはない。車の前まで家族は集まり、最後のお別れをした。

車はその後、同じようにあと4件の家に寄り同じようにメイドさんを積んでゆく。「今日はまだスムーズですよ、メイドさんを渡さないってごねるところもありますから。私どもも好きでメイドさんを処理しているわけでは無いんですがね……どうしても悪者扱いされてしまいます。」田中氏の防護服のゴーグル越しに寂しそうな表情が一瞬のぞいた。

夕方、五体のメイドさんを積んだ車が処理場にたどり着く。既に何台かの車が止まっておりメイドさん達の遺体が運び出され穴に放り込まれている。我々もメイドさんの遺体を抱えて穴に放り込む。作業が一通り終わると白い粉状の消毒薬がメイドさんの遺体で作られた山に散布され、ショベルカーがその上に土をかぶせやっと処理が完了するのだ。「つらいのは、まだ赤ちゃんのメイドさんとか、妊娠しているメイドさんを処理する時ですね。」本日同行さていただいた車のドライバーの佐藤氏は語る。「でも、こうしておかないと日本中のメイドさんが同じ目にあってしまいますからね。」

口蹄疫

メイドさんの殺処分の取材の同行が終わり、萌兄も彼らとこの事業の中心と成っている市役所の別館に急ごしらえされた対策室に挨拶にいった。局長の長谷川氏は「この惨状をどうか多くの人に伝えてほしい。」と言った。

この取材の間、萌兄は言いようのない居ずらさを覚えた。この「居ずらさ」はメイドさんを愛する者が持つメイドさんを処分することの悲しみとは少し違う。多分、彼らも本当に萌兄に伝えたかったことは、そういう事じゃないと思う。

彼等は十分にメイドさん達を不憫に思い、それに対して非常に真摯に向き合っていた。家畜なので葬式もされないメイドさん達の為に処理の後、彼等は自費で線香を持ち寄りその場で焚いて手を合わせていた。萌兄が感じたのはそんな彼らに対する「合わせる顔の無さ」であり、それが一日中感じていた「居ずらさ」の原因であったのだ。

そう、我々は、我々自身が助かる為に彼らの人権を無視しているのではないだろうか?彼等は様々な事情であの仕事に就き、世の中の為に作業を行っている。我々はそんな彼らの気持ちを悟ってやれただろうか?

仕事だからといって、やらせていい事といけない事を僕等は履き違えているのではないだろうか?


これはメイドさんの処理だけではない。今も進行中の宮崎県の口蹄疫問題でも言えるし、日本にまだ残っている死刑制度にも言えることなのではないだろうか?たまたま環境が悪く凶悪犯に成ってしまった犯罪者を死刑にする。赤ん坊の頃に殺人を考える人間はいない。どんな犯罪者でも環境による要因が長い時間をかけて犯罪者を作りだす。いわば社会が犯罪者に成りそうな要因を持つ人間を作り出し犯罪に掻き立てているのだ。いわば犯罪というものは社会の病気と言ってもいいのじゃないだろうか?

そんな病気に侵された人間は回復の余地はないので死刑にしとこうよ。というのが今の我が国採用している制度であり、「はい、死刑判決出ました。後はどうぞよろしくね。」と言って、我々は死刑執行を死刑執行人達に任せている。我々は死刑執行人達の人権を無視しているのではなかろうか?自分の手で死刑執行をしなければならなくなった時に人は死刑の温存を望めるのだろうか?

家畜だから、人間だからという議論は他の場所でもっと深く議論すべきだと思われるが、人や、家畜や、メイドさんに限らす殺処理というものを人まかせにし、見て見ぬふりを行い、忘却のかなたに追いやり、議論を行わないという事は非常に無責任な事なのではと今回の取材から萌兄は感じ取ったのだ。
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