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「平凡」が最強ステータスすぎて、それを嘆かれてもちょっと……問題

「平凡」が最強ステータスすぎて、それを嘆かれてもちょっと……問題

この前ツイッターに書いた事を少し整理してみたのでちょっとブログに掲載します。
ツイッターでの原文は↓
・特別な自分を演じるのに疲れてる主人公が、ひと悶着あった後に、ありのままの自分、普通な、平凡な自分で過ごせばいいじゃないかぁ~みたいな展開の作品ってさ、様々な理由(病気や性格や立場上の問題など)で普通や平凡を演じる事さえできない人間に対して本当に強烈な暴力なんだよな。
・普通に、平凡に意識しないでも生きられる人間が、何かこじらせて特別な自分を演じているみたいな、でもそれに疲れてるみたいな、そんなのそれを辞めればいいだけの問題でしょ、問題は同調圧力が全てを支配する世の中で、普通や平凡を演じれない人間の方だろ?って何時も思うのよ。
・同調圧力が強いというか、圧倒的な社会な訳だから、無難というか、普通にふるまえる人間が、自分は普通だ、退屈な人間だなどと悩む事自体、普通にふるまえない人間を心底馬鹿にしているから出来る所業なんですよ。
・だから、僕はだよ、30過ぎてコスプレ引退するかとか、趣味と家庭どっちを取るかどうかみたいな物語を見せられてもだよ、全く感銘を受けないの、むしろ意味不明と思うよ。世の中には、何かに良く解んないけど(理由は色々あるにしても)非常に固執してしまう人種も居るわけでしょ。
・そういう、自分じゃどうしようも出来ない、本当に病気とか、変えられないくらい強烈な性格でどうしようもない人も居るのに、自分は趣味でも何でもいいけど、拘りを辞めて普通に成ろうみたいな話をされてもだよ、ああ、お前は最初から普通じゃん、別にそれだけの話じゃん・・・って思っちゃう。
・凄く普通に成りたくて頑張ってるのに、普通にというか、演じるべきキャラクターや立場をどうしても演じれない人間も少なからず存在する訳で、そういう人たちの存在を全否定する事で、本質的に普通じゃない奴はいないだろうから、誰でも家庭を持てば普通の家庭人に成れるんすよ~みたいな話は糞すぎる。
・年齢を重ねても、就職しても、家庭を持っても、親が死んでも、他に色々な事が有っても、世間一般的な『普通の人』的な振る舞いが出来ない人間も居るんだよ。そういう人間は『普通の人』に憧れるけど、その真似すら出来ない。でも、その逆は簡単なんだから、甘えるんじゃないよ!と思う。




「平凡」である事を嘆く作品は多い。若しくは、趣味に生きて居た人間が年齢やライフスタイルが変わった中で、平凡なサラリーマンや父や母にジョブチェンジしていく儚さを描いた作品や、好き勝手やってきた人間が、大切な人の為に平凡な生活を始める為の決心をしたりする例の展開が流行っているのだ。

そりゃ、そういう展開はある意味、通過儀礼的に、ノスタルジー的に語ると何だか、切なく無くも無いんだけど、それで、普通に感動してしまうのはぶっちゃけ、勝ち組に乗っかっている人だけなのである。

欧米ならばそれは美談だと萌兄も確信して言える。向こうは文化圏が違って、個性が重視されるからだ。個性的な人間が家族の為に夢を捨てる。奇抜な人間性を捨てる……みたいに「個性」が重視される世の中で「個性」を剥奪される、放棄する作品であれば、それは感動せざるをえない。

しかし、日本の場合は違う。「個性が大事!」「生きる力が大事!」「自分で考える事が大事!」と大人は言うが、それは最も世の中で軽視されている事だから、そう言わざるおえないのだ。そうでも言わないと本当に忘れ去られてしまう概念だからそうするしかない。何せ、日本の大人の社会は「考えない、個性のない兵隊」で出来て居るんだから。

この辺の議論は少し難しいのだけれど、兵隊というのは考えるというか、解ると言う事をしてはいけないと大岡昇平の野火で語られている。これは高校の国語の教科書でも読めるものだから知っている人も多いと思う。

別に日本でも海外でも古代でも近代でも、軍隊の中の兵隊にはこういう宿命があるのだ。蟻の大群は個々に意思が有るから強いのではなくて、群れが一つの意思に成っているから強いのである。兵隊も同じで皆が好きなように考えてバラバラに動くようなことは、そういう事が少しでも怒るようなリスクは合ってはならないから、自分で作戦を理解して、考えて「解る」という事をしてはいけない、ただ「従う」という行為に徹しなければならない訳だ(現代の高度に発達した軍隊の場合は違うかもですが……)。

日本の社会はというか、会社組織はそういう昔堅気の軍隊構造を踏襲しているから、出る杭は容赦なく、そりゃぁ親の敵以上に打ちまくる。就活動の面接では「個性的な新入社員を求めています」と言っても、入社後に個性的な事を許容できる現場は何処にも用意されていないのだ。個性重視なんて真に受けちゃ駄目だよ大学生の皆は!

こういう個性の許されない、個性を許容できない社会において「平凡」である事は最も強力なスキルで在るのだ。平凡が最強スキルで、それを使えば何の苦労も無いのに、それじゃあヌルゲーすぎて詰んないから、もうちょっと奇抜な属性も付けてみちゃおうかなぁ~って思っちゃったりしている舐めプ連中の悲哀を描いているのが、日本における「奇抜な個性的な自分を辞めるのは寂しい系」作品の本質なのである。

確かに「平凡」という最強スキルを持っている人間であってもそれ以外のスキルを失うのはある種の喪失感が有るのは当たり前で在るし、最強スキルだけでこれからやっていくのも退屈な話ではある。いくら贅沢な悩みだとしても悩みは悩みなので、辛い事には変わりないのだ。だからその点に於いては萌兄も異存は無いし、心動かされる所もある。

萌兄が問題だと思っているのは、これらの作品は大体において、こういった物語で救われない人間が確実に居る事実を蔑にする事で成り立っているという点である。

世の中には、性格的な事出会ったり、先天性、後天性の精神疾患、機能疾患、はたまた出自や、宿命的な事により「平凡」というスキルをどうやっても手に入れられない人々が少なからずいる。

大体の中二病患者は思春期の「平凡」への嫌悪みたいなもので、趣味でやるものだけれども、もっと心の深い所で不可逆的に中二病に成ってしまいそれを辞められない人間も少なからずいる。そういう場合は本人の社会に溶け込む努力不足とかではなく、幼少時のトラウマなどの関係で陥る事もあるだろうし、単なる自己責任に出来ないのだ。

他にも体に障害が有れば、日本で言うところの「平凡」とは認めてもらえないだろうし、産まれた場所や、民族によっても「平凡」は獲得できない場合も多い。漫画で言えばジョジョの奇妙な冒険の主人公たちは、別に本人に落ち度がある訳じゃないけれど、先祖からの因縁でジョースター家の人間として「平凡」とは程遠い、力や、運命に翻弄されないといけない。

そう考えると、「平凡」な人間は、自らの意思で頑張れば「非凡」を演じられるのに(演じているうちに本当に非凡な才能に目覚める事もあるから人間は面白いと思うけど)、最初から「非凡」を宿命ずけられた人間はその逆を行う事が出来ないのである。

別に「個性」が尊ばれる社会背景であれば、「平凡」になれない「非凡」な人もあながち悲劇ではないけれど、この国では暗黙の了解として個性は疎まれる訳だから、「平凡」になれない「非凡」な人間は本当に救いようがない。幸運にも理解してくれる人が周りに居れば何とかなるが、そうでなければ本当にどうしようもないのだ。

萌兄も割と自分ではどうしようもない所、自分の意思では操作出来ない所があるから、自分では普通にしていても、周りからは変わった人間に思われているらしい。そういう自覚が無いわけではないが……それはどうしようもない事なのだ。

萌兄程度ならまだしも、更に奇抜な人間であれば、どうしようもないのに非難されてしまう事が多々あるだろう。そういう人たちは「平凡」に成りたくても、努力しても、医者にかかっても上手くいかない事だってある。

だから、萌兄は何時も「平凡」な人間が自分の演じている「非凡」な性格や、趣味や執着などを手放す話をされても、「平凡」が最強ステータスすぎて、それを嘆かれてもちょっと……って思ってしまうのだ。
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