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理由の無いやりがいを語る時に人は口を噤む事しか出来ない。

仕事を何のためにやるのか?その答えとして考えられるのは、仕事が「楽しい」もしくは「面白い」「製品やサービスが出来た時の達成感が有る」とか色々思いつくし、自分のサラリーマン時代を思い起こせば「一緒に仕事している人やお客さんとのやり取りが楽しい」とかもあったかもしれない。

萌兄は人嫌いだから、あまり対人関係で面白さを見出せるタイプではないけれど、普通に人との触れ合いが好きな人の場合、相手に感情移入もしやすい事を鑑みれば「お客さんの笑顔を見られるから」とか「社会の役に立つ仕事だから」みたいな理由も不自然じゃない。

基本に立ち返って、そもそも何故仕事をするのかと突き詰めれば「お金を貰う為」「生活の為」だったり「仕事しない訳にはいかないから仕事してる」という理由が思も当たる。

他にも色々思いつくけど(特に萌兄は哲学科だったので、労働に対してのモチベーションはかなり哲学的な仕組みが働いているのでけれど、それを説明していると脱線しすぎるので割愛する)どんな理由も、ネガティブ、ポジティブに関係なく「仕事を何の為にやっているのか?」という問いに対して納得できる理由だ。

でも、世の中には一つだけ理解不能な答えがあって、しかもそれを至極普通に使う人が多いのだ。

その「仕事を何の為にやっているのか?」という問いに対して不可解な回答が「やりがいがあるから」である。

「やりがい」が有る。一見良く見かけるし、割とカッコいい答えだけど、その「やりがい」の中身は何なの?と聞かれても答えられるか、答えられないかで、この「やりがい」という言葉の意味が180度変わってくるのだ。



「生き甲斐」という言葉から「やりがい」という言葉の構造を考える。

例えば「生き甲斐」という言葉が有る。畑で野菜を作るのが生き甲斐です。という人がいる。その人にとって生き甲斐は「野菜を作る事」だ。「ゲームする事」が生き甲斐の人なら、生き甲斐は「ゲーム」で、「昼寝」が生き甲斐の人は「昼寝」が生き甲斐なのだ。

何が言いたいか?どんなものでも生き甲斐に成る「仕事」でも「遊び」でも「勉強」でも「飲酒」でも何でも構わない、反社会的な事でも、彼が生き甲斐と言うのなら、彼にとってはそれが生き甲斐なのだ。ただ世の中には一つだけ生き甲斐に成らない「言葉」が有る。それは「生き甲斐が生き甲斐」という状態だ。幾らなんでも生き甲斐が生き甲斐という文法的に間違った話はする事が出来ない。思考実験するのもたぶん不可能だ。

仕事の話に戻そう。仕事の「やりがい」が「楽しいから」とか「儲かるから」とか「お客さんに喜んでもらえるから」とか答えられるなら、別に問題は無い。なら、最初から「仕事を何の為にやっているのか?」という問いに対して「やりがいがあるから~」みたいな曖昧な答えをしないで、個別的な理由である「楽しいから」とか「儲かるから」とか「お客さんに喜んでもらえるから」とか答えればいいのだ。

問題は「やりがい」が「やりがい」に成ってしまっている時だ。「仕事を何の為にやっているのか?」と問われた時に、特に思いつかない、もしくは全然面白くないし、やりたくもないと内心感じているのにポジティブな理由を答えなきゃならない時に使う理由が「やりがいがあるから」という言葉なのではないかという疑念があるのだ。

先ほどの「生き甲斐」の例を代入すると解りやすいけど「何の為に生きてるのか?」と聞かれた際に「生き甲斐があるから」ともし答えられたら「じゃあ、貴方の生き甲斐って何ですか?」と尋ねづには居られないだろう。

「やりがい」も同じで「仕事を何の為にやっているのか?」と聞かれた際に「やりがいがあるからです」という答えは不十分すぎる答えなのだけれど、それを聞き流してしまっている場合が多いように思う。

つまり「やりがいがある」という言葉は他に理由がないから「やりがいがある」と答えるしか無い時に使う言葉なのだ。仕事をしている理由を見いだせない人間が苦し紛れに使う言葉が、理由を聞かれても答えられない「やりがい」なのだ。



やりがい搾取の構造。

やりがい搾取がなぜ起こるのか考える時、上記の様な概念が非常に重要だと感じた。やりがい搾取をする会社の労働は全くもって、労働をする理由とかけ離れている。

そもそも労働する理由の根本である「儲かるから」が安月給や未払いのせいで実現不可能だし、「生活の為」という理由も、時間が不規則、長時間労働のためままならない。労働内容も酷いので「面白さ」は無いし、職場もギスギスするので「周囲の人とのやり取り楽しさ」も無い。つまり労働する理由が見当たらないのだ。

理由が見当たらないから「やりがい」としか答えようがない。理由が無くても「やりがい」とは答えられるのだ。何故なら、「やりがい」という言葉は、最悪今まで説明してきたように、どういう部分が「やりがい」なのかを答えなくてもいい逃げ道のある言葉だからだ。

ブラック企業の方も労働者に「労働する為の正当な理由」を提供できないので「やりがい」という意味不明で、判断停止せざるをえない言葉で叱咤激励するしかない。

ブラック企業は『「やりがい」を与えて搾取する構造の企業』と思われがちだが、実は『搾取する代わりに提供できるものが「やりがい」しかない状態の企業』なのだ。だから新興宗教や自己啓発セミナー顔負けの、社長(教祖)のお言葉ビデオを流したり、社訓(教義)を毎日合唱するしかないのだ。だって働く理由が無い、与えるだけの力も無いんだから、もう、これは神頼みとかピラミットパワーに頼るみたいに「やりがい」という言葉を神棚に飾って、拝むしか無いのだ。

やりがい搾取を始めた時に、もう、その企業は、内部の人間に何も与える力が無くなってしまっているのだ。たぶん経営者も何で続けているのか解らないけど続けるしかないのだ。

試しに、何故こんな状態なのに経営を続けるのかと彼らに聞いてみると面白いかもしれない。「やりがいがあるから」という答えがもし返ってきたら、もう本当に口を噤むしかないのである。
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